彩瀬まるインタビュー「『新しい星』直木賞ノミネート決定! 彩瀬まるはなぜ、2人ではなく4人の姿を描いたのか」

作家の書き出し

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彩瀬まるインタビュー「『新しい星』直木賞ノミネート決定! 彩瀬まるはなぜ、2人ではなく4人の姿を描いたのか」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

生活環境が違っても、並走はできる

――青子と茅乃は大学時代に合気道部で一緒だったんですよね。他にも玄也と卓馬という同期の仲間がいて、第2話や第4話は彼らの視点から語られます。主要人物を4人にしたのは。

彩瀬 誰かの辛い体験を、ひとりで受け止めるのではなく、もっと空間的な支え合いができたほうがいいなと思いました。自分ひとりではハンドリングするのが難しい事柄を、友人や同期といった様々なコミュニティで、少しずつ共有しサポートしあうことが当たり前になったらいいなと思って。

――彼らの30歳という年齢もポイントですね。

彩瀬 自分はこうやって生きていくんだなという、人生の型がなんとなく見え始める頃ですよね。学生時代からがらりと生活が変わって、仕事に打ち込むひともいれば、家庭に入るひともいる。ちょうど、人生の泳ぎ方がバラバラになってくるタイミングなんです。

 そんな中で、バラバラに泳いでいるからこそ、違う視点をお互いに差し出してサポートできるところが、人間関係の面白いところじゃないかと思いました。生活環境がずれたら友人関係も疎遠になると思われがちですが、そうでもない。子供がいる、いないという違いがあっても仲が悪くなるわけではないし、生活環境の違いがあったままでもお互いの人生に寄り添えるはずだと模索していきました。

――ああ、子供を亡くした母親は子供のいる母親と距離を置こうとするような描かれ方をされがちだけど、これはそうじゃないところがいいなと思いました。

彩瀬 ありがとうございます。それもまた固定観念だし、それを物語が強化してしまっている印象があります。ほかにも、学生時代に知り合った彼らが、恋愛に発展しなくても互いを大事にできているという関係を描きたかった。ステレオタイプを少しずつ外していった先にどんな世界が拓けるのか、見てみたいという想いもありました。

――手術後の茅乃のリハビリも兼ねて、4人はまた合気道の道場で集まったりしますね。なぜ合気道だったのですか。

彩瀬 私、大学生の時に合気道をやっていたんです。黒帯の二段を持っています。長らくやっていないので、今は黒というより限りなく白に近いグレーですけれど(笑)。合気道って他人の身体に直接触れるスポーツなので、組んだ相手に関する記憶が残りやすいんです。私も今でも、一緒にやっていたひとの身体つきや技をかける時の力の入れ方なんかを身体感覚で憶えているんですよ。

 それに、合気道はお年寄りでもできるスポーツという触れ込み通り、本人にとって無理のない動作でできるんです。ハードにやりたいひとたちはがんがん技をかけあうし、筋トレや健康維持のために取り組むひともいる。それぞれのペースでできるのが合気道の強みなので、この物語にマッチしてくれました。

それぞれの荷物を少しずつ持ち合うコミュニティ

――同期のひとり、玄也も困難な状況にいます。会社を辞めて、ずっと引きこもっている。こうした人物像にした想いは。

彩瀬 私は就職氷河期世代よりちょっと下の世代で、生まれた時からずっと不況なんです。企業が自分を守ってくれるわけではないということが前提の社会で生きてきたので、めぐり合った企業に尽くさなければならない、尽くさないと大変なことになる、ドロップアウトしたら誰も自分を許してくれないという強迫観念を持ったまま大人になりました。玄也が持っている恐怖心は、けっして他人事ではないんです。

――彼が会社を辞めた理由が上司からのパワハラなんですよね。読んでいて、そこも辛かった。

彩瀬 ひどい目に遭っているときって、自分が不当な扱いをされているってなかなか気付けないんですよね。周囲からの「お前は駄目だ」という言葉を内面化して、本当に自分が悪いんだと思ってしまう。私も過去に環境の悪いアルバイト先があったので、それを思い出しながら書きました。

――でも、「誰かに助けを求める」ってなかなか難しい行為ですよね……。

彩瀬 そうなんです。よく「ひとに迷惑をかけるな」って言われません? それをもうやめたいんですよね。何かがうまくいかない時、自分に何か欠けているせいだという恐怖心ってある。でも、自分が苦手に感じる部分については、外から助力を得ればいいと思うんです。

 ただ、日本には、「なんでもできるようにならなきゃいけない」という圧力が強くありますよね。たとえば会社も、新入社員を教育してオールマイティな人材を作ろうとする感じがある。でも実際には、すべてにオールマイティに対応できるひとなんてほとんどいない。これはできるけれどこれはできない、というひとたちが集まって、欠けた部分を補い合う方が自然だと思うんです。今回の4人組も、できることとできないことがそれぞれ違っているからこそ、成立している関係ですよね。就業していないからといって玄也がなにもできないかというとそんなことはなくて、玄也にしかできないこともあります。

――作中、卓馬が「4人で耐えた方がいいと思った」と言いますね。「頑張ろう」でなく「耐えよう」というのが切実でリアルで、突き刺さる言葉でした。

彩瀬 もう、みんなそんなに頑張れませんよね。でも、4人の中の誰も茅乃の病を治すことはできないけど、茅乃の状況を了解することはできる。

 あの言葉は、合気道部の設定を考えながら出てきました。部活動って、部内で誰と誰が衝突しているとか、誰かが困っているとか、そういった問題を共有して、「じゃあ俺が話してみる」とか「ちょっと先生に相談してみる」とか、有機的に動いていくじゃないですか。大人になるとそうした繋がりはなかなか持てなくなりますが、お互いちょっとずつ人生の荷物を持ち合うようなコミュニティが気負わずに作れたらいいなと感じます。それは玄也視点の「サタデイ・ドライブ」の章にも表れていますね。あの話は、肩書が釣り合わないと友達になれないといった思い込みも解体されてほしいと思って書きました。

新しい星彩瀬まる

定価:1,650円(税込)発売日:2021年11月24日

別冊文藝春秋 電子版41号 (2022年1月号)文藝春秋・編

発売日:2021年12月20日