大前粟生インタビュー「対等を求めてもがき、傷つけないようにと願う――いまの時代の”恋愛のかたち”を見つめたかった」

作家の書き出し

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大前粟生インタビュー「対等を求めてもがき、傷つけないようにと願う――いまの時代の”恋愛のかたち”を見つめたかった」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

それぞれの形で幸せになったらいいじゃん

――こっそりBL漫画を描いていた人も出てきますよね。BL漫画家のペンネームには大笑いしました(笑)。彼女は読者受けを狙って自分の漫画にミソジニーの男性を登場させていて、そんな自分に疲れてしまっている。ここでも、旧来のコンテンツへの違和感が描かれていますね。

大前 最近はSNSで「バズる」ことと仕事が直結するのが当たり前になってきていますが、そうするとよりキャッチーにするために、敢えて大味でテンプレート型の表現を求められることもあると思うんです。ただ、それを続けていると書く側も読む側も苦しくなってくる気がしていました。

――同時に、そうして生まれた作品を楽しんで読んでいる人もいる、ということも書かれていますね。

大前 ジェンダーの不均衡が内包されたものを読みたいという人もいるだろうし、依存のような恋愛が楽しいと思う人もいる。そういう人たちのことを否定したいわけじゃない。「みんなそれぞれの形で幸せになったらいいじゃん」という気持ちを込めました。

――作中には圭吾が好きだった架空のアニメも出てきます。『真夏の日のソフィア』といって、世界を救うために戦う小学生の女の子たちのお話です。少年の頃の圭吾は、女子向けアニメを見ていることを、誰かにからかわれるんじゃないかと怯えていたという。

大前 アニメや特撮ものから刷り込まれているものってあるなと思いますね。男の子向けの商品は黒とか青で、女の子向けの商品はピンク、とか。

――怯えていた圭吾も、大人になった今では、そのアニメのキャラクターのキーホルダーをリュックにつけているところに変化を感じます。そういえば、大前さんの作品は登場人物の身体的な特徴の描写が少ないほうでは。

大前 そうかもしれません。容姿のことを書くと、どうしても客観的な評価がにじんでしまいそうで、ためらいがありますね。「美人だ」とか「イケメン」とか、わざわざ書かなくてもいいかな、とか。

――圭吾が入会する「お片づけサークル」も架空の設定ですよね。自宅の物を捨てる決心がつかない人のところに行って、片づけを手伝うという。面白い発想の集まりですね。

大前 Netflixで、片づけコンサルタントのこんまりさんの番組を見たんですよ。アメリカでこんまりさんが人の家に行って片づけを手伝うんですけれど、依頼者と一緒に家に向かってお祈りをしたりするんです。そうした工程を経て、依頼者の持ち物を捨てることへの罪悪感を取り除いているんですよね。

 番組を見ていて、付随する思い出にとらわれて物を捨てられないことと、他人に執着してしまうことってどこか似ているな、とぼんやり思ったんです。そして、何かを取捨選択することに、ひとは無意識に罪悪感を覚えるのかもしれないと。

――そんな「お片づけサークル」も、コロナ禍で休止してしまいます。

大前 現実でもそういうことがたくさん起きていましたよね。ステイ・ホームが要請される中では、親しい友達や恋人には会うけれど、たとえば友達の友達にはわざわざ会わない。こうして知らず知らずのうちに、人間関係でも取捨選択のようなことが起きていくんだなと僕自身もぞっとしました。

自分の感情を、口にできれば楽になる

――そのなかで圭吾は晴れてあやめさんと付き合うことになるけれども、彼女がポリアモリーであることに葛藤しますよね。彼女には自由でいてほしい、でも彼女の他の恋人が気になる……。

大前 圭吾に嫉妬という感情を自覚させることで、ちょっと楽になってほしかったんです。自分の感情を抑えつけすぎると苦しくなってしまいそうだったので、もうちょっと我儘になったっていいんじゃない? と彼に語りかけるようなつもりで書きました。圭吾が徐々に周囲の友人たちに自分の嫉妬心を打ち明けられるようになっていったように、誰かに自分の苦しい気持ちを伝えることができるならそれが一番だと思います。言語化できただけで楽になれることは結構ありますよね。

――それにしても、恋愛観が個人個人で違うなかで、理想的な関係って一概にはいえませんよね。

大前 いわゆる「現代的なモラル」のうえでは、対等な関係が「正しい」とされているのでしょうけれど、それがその人にとって本当に望ましいものなのかは分からないですよね。そのあたりは結局、一人ひとりが自分にとって自然な形を悩みながら模索していくしかないのだと思います。

登場人物たちが納得できるラストにしたかった

――この本の登場人物たちはみんな悩んでいますが、その根っこにはさびしいという感情があるのかな、と。

大前 自分に足りないもの、欠けている何かを埋めたくて、ひとは恋愛をするのかもしれません。そう考えると、「好き」と「さびしい」は、背中合わせの感情なんじゃないかなあ、と。読んでくださっている方が恋愛にはあまり興味がなくても、さびしいという感情なら共有しやすいかも、という思いもありました。

――それにしても、どういう結末にするかを考えるのは大変だったと思うのですが。

大前 書き手の都合で彼らの行く末を決めてしまうのではなく、登場人物たちにできるだけ寄り添って、彼らが納得できる結末にしたかったんです。

――こういう結末になるのか、と感嘆しました。今回って、大前さんの中で一番長い作品ですよね。

大前 そうですね。長篇を書いたのは、初めてです。

――小説を書き始めたのはいつですか。

大前 大学生のとき、就活になんだか疲れてしまって、ちょっと違うことをやりたいなと思って始めたんです。1000字いかないくらいのものを書いて、それをブログにあげていました。それまでは小説を書こうなんて考えたこともなかったですね。学校の作文の時間は好きでしたが。


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