一穂ミチロングインタビュー―― 直木賞ノミネート! 『光のとこにいてね』はこうして生まれた

作家の書き出し

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一穂ミチロングインタビュー―― 直木賞ノミネート! 『光のとこにいてね』はこうして生まれた

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

運命に抗う少女たち

——『別冊文藝春秋』で連載されていた『光のとこにいてね』がついに単行本となりました。ある団地で偶然出会った二人の七歳の少女が交流を深めたものの、突如会えなくなり、やがて意外な再会を果たし……。連載開始の際のエッセイ「はじまりのことば」で、依頼がきた時はノープランだったけど、お友達と温泉に行って……というお話を書かれていましたね。

一穂 そうなんです。たまたま友達と温泉施設に行って。そこでのんびり過ごしているうちに、こういうところに同性の恋人同士で来たら楽しいだろうなと思って。異性同士だと大浴場に浸かる時間が共有できないから、同性同士がいいなと思ったんです。そこから少しずつ考えていきました。

 最初は、年に一回スーパー銭湯みたいなところで一緒にお風呂に入って別れるだけの二人の話を考えたんですが、でもそれだと長篇になるイメージが湧かなくて。その後、女性同士のメロドラマというか、格差のある二人の姿が浮かんできました。大げさに言うと「貧富の差」、みたいな。たとえば住宅街のなかにもエリアがあって、上流階級の家族が集う場所と、そうじゃない場所には透明な壁がありますよね。そういう、本来、交わらないはずの二人が、予期せぬ場所で出会うお話はどうかなと。

——裕福な家庭に育ったは七歳の時に母親に連れられ、郊外にある寂れた団地を訪れる。そこでしばらく一人で待たされるうちに、少女と出会います。それが、団地で母親と二人で暮らす、同い年ののんでした。家庭環境のまったく異なる二人は週に一回、団地の公園で会って交流を深めていく。二人が幼いうちに出会うイメージは最初からあったのですか。

一穂 小さい頃の家庭環境の違いは大きくなっても付きまとう、みたいなところを書きたかったんだと思います。今の時代、ある程度お金のある家に生まれないと満足に勉強もできないというシビアさをひしひしと感じるんです。なにも与えられない環境に生まれた子が、頑張った末に違う世界の子の隣に堂々と立つ、なんてことはかなり難しい気がします。自分は子どもの頃、そうした家庭の経済的な違いをよく分かっていませんでした。違いを意識しないのが子どもの良いところでもあり、残酷なところなのかもしれません。

——たしかに二人は、格差など意識せずに親しくなりますよね。それぞれの家庭環境については、どのように考えていましたか。

一穂 果遠に関しては、貧しい家庭だということで、必然的にメインの働き手となりうる男の人がいない家庭になりました。で、お母さんは、また違った部分で面倒くさい人だという……。

——果遠の母親は、添加物やせんの服などを嫌い、娘にシャンプーも使わせないような人ですよね。生活にこだわりがあって、さらに、それだけではない一面も見えてきます。

一穂 傍から見たらめちゃくちゃですけれど、たぶん本人の中では整合性があるんですよね。内省をせず、「誰も私のことを分かってくれない」と本気で思っていそうなタイプです。

——結珠の家庭は父方が医者一家で、兄も結珠も将来医者になるのが当然とされている。ただ、兄は両親に可愛がられていますが、結珠に関しては父も母も無関心ですよね。こと母親は、妙に結珠に冷たくて、それが不気味といいますか。

一穂 実際に殴ったり怒鳴ったりはしない母親の怖さを書こうと思いました。周囲に相談しても、「それくらい大したことない」と言われるだけで、分かってもらえなそうですよね。

 結珠の悩みって、なかなか他人に伝わらないと思うんです。お金に困っているわけでも、家から追い出されるわけでもなく、衣食住の面倒も見てもらっているから問題ないじゃないか、と言われそうな気がします。そうであっても、家族にどうでもいい存在として扱われ続けて毎日を過ごしていると、子どもの心はこれだけすり減ってしまうんだ、というところが伝わるように書こうと考えるうちに、ああいう環境になりました。

——母親は、あえて結珠が嫌がるようなことをしますよね。

一穂 母親にしてみれば、娘の自我みたいなものが煩わしいんだと思います。

 じつは最初、お母さんはもっと分かりやすく怖い女性だったんですが、あからさまな虐待とか加害行為ではないからこその辛さを描きたいと思い、いまの母親像に行き着きました。

高校生になり、もう一度出会った二人

——そんな母親がなぜ団地に通っていたかも、後々分かってきます。ただ、結珠と果遠はある日を境に突然会えなくなり、時が過ぎ、高校で再会する。結珠が通う女子校に果遠が入ってくるんですよね。この女子校の日常の様子も面白かったです。

一穂 私が通っていた高校は共学だったので、ミッション系のお嬢様女子校に通っていた知り合いに話を聞きました。作中で書いた、クリスマスのミサにココアを作るというのも、その子から聞いたお話です。お金持ちの子たちが通う女子校ってマウントの取り合いがあるのかと思ったら、まったくそんなことはなく、むしろみんなおっとりしたいい子たちばっかりだったそうです。実際、彼女もおだやかなお嬢さんでした。そういう意味で、良い子ばかりの女子校の様子が書けて良かったなと思っています。特に果遠の中では、楽しい思い出がたくさんできた時期だと思うので。

——二人は再会しても表立って仲良くするわけではないですよね。初等部から通っている結珠はもう校内で人間関係ができあがっているし、高校から入学してきた果遠は孤高の存在で、美しい容姿も相まって、周囲から一目置かれている。

一穂 二人とも少し大人になっているんですよね。果遠には、いまの自分が結珠に近寄ったら迷惑かもしれないという理性が働いているし、結珠は結珠で、そういうふうに振る舞う果遠に自分から歩み寄っていくタイプではない。それに結珠の場合、自分が果遠と親しくしたら、周囲の子たちが「自分も仲良くなれるかも」と思って果遠に近づくだろうから、それが嫌だという、独占欲のようなものもあったかもしれません。

別冊文藝春秋 電子版47号 (2023年1月号)文藝春秋・編

発売日:2022年12月20日

光のとこにいてね一穂ミチ

定価:1,980円(税込)発売日:2022年11月07日

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