――江戸は神田の町名主の跡取り息子・麻之助が悪友とともに大活躍する「まんまこと」シリーズ。そのはじめての単行本が刊行されてから10年が経ち、多くのファンの方に愛され、ついにシリーズ100万部を突破しました。本当におめでとうございます! 今日は、最新作である第6弾の『ひとめぼれ』のことを中心に、お話をお聞かせ下さい。
畠中 ありがとうございます。「しゃばけ」以外でのシリーズでは、はじめての100万部突破です。でも、毎年新刊が刊行されているわけではないので、区切りがあるわけでもなくて、気がついたらそうなっていたなという不思議な感じですね。
――今作では、ずっと「跡取り息子」だった麻之助たちが、いよいよ自分たち世代の時代がやって来ることを意識し始めたように感じました。札差の大倉屋や高利貸の丸三など、力を持った周りの大人たちも、自分たちのノウハウを次の代に継承し、バトンを渡そうとしているのが伝わってきます。
畠中 そうなんですよ。「まんまこと」シリーズは、時間の流れが他のシリーズとはっきり違うんです。自然に加速度が付いていくというか、どんどん時間の流れが早くなっていくので、このシリーズはそういうことなんだろうなと。最近ではあまり意識をせずに、流れに任せるままに書くようにしています。6作も書いてようやくそれが分かったというのもおかしな話なんですけどね。
――麻之助、清十郎、吉五郎の悪友三人組は、一作一作、男としても成長しているような気がします。
畠中 麻之助さんも少しは働くようになったのかなと思います。これまでのんびりしていたけれど、今回は鍋と箸を持ってカンカン鳴らしながら走っていましたし(笑)。
――今作では、麻之助が同心の小十郎に向かっていくシーンもあって驚かされました。
畠中 あれは無謀ですよ! あんなに腕っぷしの強い小十郎を殴ろうとしたって、殴り返されるに決まっているのに。
――畠中さんは、なぜこんなに男心を分かって下さっているのだろうと、唸らされることが多々あります。何か秘密があるんでしょうか……?
畠中 いやいや、わかっているのかどうかは疑問です(笑)。私の周りには女性が多いので、女性視点で男性の良いところや悪いところを書いてしまっているんじゃないかなと気にしているんです。でも「まんまこと」は女性の読者も多いですから、そういう視点でも良いのかなと。
――「男は一人じゃ、寂しいですから」というセリフがありますが、独身男性であれば膝を打つのではないでしょうか。
畠中 私の世代だと、そろそろ勤めをやめる世代の旦那さんを持つ友達が多くなってきているんですけど、その頃になると旦那さんは皆、一斉に奥さんを頼り始めるんです。これは、そんな人達を見ていて思い浮かんだセリフです。江戸時代は大人になるのも早いですから、私が現代の男性に対して思っているようなことを感じるのも少し早いはずです。とすると、麻之助たちの世代はここからが勝負ですよ。早く奥さんを見つけて、その人を若い頃から大事にしておかないと、あとから大変だよと教えてあげたいですね(笑)。
決められた人生の中にある幸せ
――麻之助は奥さんであるお寿ずを早くに亡くしてしまいました。麻之助は呑気であるけれども、辛い別れも経験しています。この時代は、人の生き死にが、今の時代よりも身近にありましたよね。
畠中 辛い別れは本当に多かった時代だと思うんです。資料を調べていくと、大名家などでも、「こんなに人が死ぬのか」というくらい、次々に跡継ぎが亡くなっています。でも一方で、人間ってある程度まで長生きすると、意外と70歳や80歳まで生きてしまうものなんですよね。幕府の勤めには定年がないから、いつまで経っても元気に働いていた人もいるんです(笑)。江戸時代の人が隠居に憧れていたというのもわかります。家督を引き継いだ人はお金も引き継ぐから、息子が隠居料という名目でお金を払います。だから跡はきっちり継がせないといけないので、いざとなったら養子をもらっていたんですね。
――身分制度があった時代は、生まれによって、ある程度の人生が決められてしまっていました。でも、この作品を読んでいて、最初から生き方が決められていることは悪いことばかりではなかったのかなと思わされました。
畠中 そうですね。吉五郎さんみたいなタイプは迷わずに生きられて、そして八丁堀の同心である相馬家に養子に行けたわけですから、ラッキーだったのかもしれません。麻之助さんや清十郎さんも、早くに自分にあった職業を見つけられたから良かった。でも自分の気質に合わなかったら大変ですよね。たとえば町奉行はブラック企業に近い忙しさで、早死にする人も多かったと聞きます。町奉行の身分は高かったみたいですが、出世できても、向いていない仕事に就かなければならなかったとしたら、大変だっただろうなと思います。
――今作の「ひとめぼれ」では、吉五郎が許嫁に振り回され、前面に出てきます。必然的に、養子先の親である小十郎が登場する機会も多くなりましたね。
畠中 やっぱり小十郎の顔の良さのせいでしょうか(笑)。シリーズで書いていると、不思議とこちらの意図から外れて前に出てくる人物というのがいるんです。今回は、小十郎さんや丸三さんがそうでしたね。そんなに出番はなかったはずなのにと思うんですけど、そういうグイグイ出てくる人のことは諦めるようにしています。他の人とほぼ横一線で出しているつもりだったのに、なぜなんでしょう。書いている人がこんなことを言っちゃダメなんですけどね(笑)。
――実直で品行方正な吉五郎といえども、縁組ばかりはなかなか思い通りにいきませんね。
畠中 相手の一葉ちゃんは、まだ数えで12歳。現代なら、中学校に入ったばかりですよね。まだ恋に恋するお年頃です。あと2、3年もすれば周りのお友達も結婚するような歳になっていて、ふと横を見れば、吉五郎がいい男になっているんじゃないかなと思います。吉五郎さんって、そのうちどうにかなるんじゃないかという不思議な安心感のある人なので。
誰を妻に迎えるか
――三人の中で、いま、結婚をしているのは清十郎だけになってしまいました。
畠中 最初は三人で楽しく話していたのが、家族が増え、友達が増え、かたまりで付き合うようになってきましたよね。でも、それって作者としてはとても嬉しい変化なんです。話を持ってきてくれる人のバリエーションが増えてきますから。
――めっぽうもてていた清十郎は、思いの外早く落ち着きましたね。過去にインタビューをさせて頂いた際、畠中さんは、「いつかは分りませんが、清十郎の女難も書いてみたい」と仰っていましたが(笑)。
畠中 それは、これから落ち着いたらまたあるのかもしれません(笑)。男の人は、奥さんにしつけられると、また別の魅力が出てきますので。お安さんはきちんと清十郎さんをいい男にしつけそうですから、顔が良いという以上の、清十郎の魅力が出てくるように思います。今より更にいい男になったら、若い女の子は放っておかないでしょう……。でも、それはまたもう少し先の話になりそうです。
――清十郎には子供ができました。「親になる」ということも、この物語が新たな局面を迎えつつあることなのかなと思わされています。
畠中 そうなんですよね。このシリーズは、気がついたら時間が経っているんです。自分で書いているんですけど、それを別の場所から見ているような、不思議な気分にさせられます。でも、清十郎にも子供ができたとなると、いよいよ麻之助の外堀が埋められて……。
――それは、読者にとっては最も気になるところです。それぞれに家族が増え、登場人物も増え、次は麻之助の番だぞと。
畠中 麻之助もそろそろ結婚という流れは進めようかと思っていますが、主人公ですから、もう少しひっぱるのかなあ。でも、新しい奥さんに、亡くなったお寿ずさんの代わりをさせるのは忍びないですよね。前に出会ってうまくいかなかった人がまた出てきたりするのかもしれません。少なくとも、お母さんと喧嘩をするような人ではないでしょうね。一番びしっと判定するのは猫のふにだったりして(笑)。
――ぜひ、麻之助を幸せにしてあげて下さい!
畠中 頑張ります(笑)。こういうアイデアって、お散歩のときとか、あとは編集者さんと別の話をしてるときとかにぽこっと思い浮かんだりするものなんで すよ。この間もパーティーでぜんぜん違う話をしているところにアイデアが出てきて、あのときは嬉しかったです。麻之助の再婚相手は、どんな人がいいと思いますか(笑)?
たぶん、丸三さんも大倉屋さんも、みんなが面倒を見たがるでしょうから、不吉な予感もするんですが、がんばって麻之助にいい人を見つけます!