――新作の『千両花嫁――とびきり屋見立て帖』は、幕末の京都を舞台にした道具屋夫婦の町人物で、『火天(かてん)の城』や『いっしん虎徹(こてつ)』といった今までのテクノクラート的な作品群とは違ったタイプの連作短篇集です。まずは、執筆のきっかけからお伺いしたいと思います。
山本 実は、学生時代に、古物商ばかりが集まる古道具のせり市でアルバイトをしていたんです。非常に面白い世界でしたので、それを生かせないかなと思ったのが一つ。また、私は京都で生まれて育ち、一時期東京に住んでいましたが、いまはまた京都に住んでいるので、京都を舞台にして、何かドラマティックな設定はできないかと考えたんです。あれこれ頭をひねった結果、文久三年の三条木屋町なら、とてもおもしろい設定ができると気づきました。
――主人公の真之介とゆずは、その三条木屋町に道具屋を構えます。ゆずは京でも三指に入る茶道具屋の娘、真之介は奉公人でしたが、駆け落ちして夫婦になった。ゆずの両親にはなかなか許してもらえず、許婚(いいなずけ)の嫌味なお茶の若宗匠もちょっかいを出してきますが、一癖ある手代たちを仕込み、いわくつきの御道具をさばきながら、二人で店を切り盛りしていく一話完結型の夫婦成長物語となっています。
山本 一話一話にしっかりカタルシスのある話を作ろうと思いました。道具屋には、真贋鑑定のきわどさがつねにつきまといます。本物か贋物かによって、大きく儲かるか、はたまたごっそり損をするか、大金の動くダイナミズムがある。道具屋夫婦を主人公に決めた時点で、プロットはスムーズに動いてくれました。
――血の気の多い新撰組や坂本龍馬、高杉晋作らとも、二人は渡り合います。頼まれて龍馬を店の二階に下宿させたり、近藤勇のことなども決して嫌っているわけではないのですが、攘夷だ、佐幕だとやっきになっている人々とは、一線を画していますよね。
山本 幕末のあの時代、京都の町人は基本的に勤王派にシンパシーをもっていたと思います。逆に徳川というか、関東の人を警戒していたんじゃないでしょうか。たぶん、いまでもそんなところがあります(笑)。
――龍馬と高杉の双方が京都にいたというのは、非常にピンポイントで、いい時期をみつけましたね。
山本 以前、新撰組を書こうと調べたことがあったので、年表は頭に入っていました。その下地が今回に生かされたと思います。文久三年あたりは、人の出入りが激しい年代なんですね。そのときは結局、新撰組を書かなかったのですが、新撰組を正面から描くのではなく、主人公は別にいてそれに絡ませる形で出すほうが、むしろ私らしい自然な書き方だったと思います。
――三条木屋町というのは重要な舞台ですね。
山本 三条通り界隈は、京都の人だったら誰でも馴染みのあるところで、子どものころ、親に連れられて映画を見に行ったときなんかに、池田屋跡の碑や、志士たちの寓居跡、あるいは遭難の碑を見た覚えがあります。龍馬がのちに潜伏していた「酢屋」もすぐ近くです。ただ、文久三年の春、京都にいた龍馬がどこを宿にしていたかは定かではないので、主人公たちの家に、下宿していたことにしました(笑)。
――京都は、普通の生活の中に歴史がそのまま生きているということでしょうか。今回、文体も京都的で“はんなり”といいますか(笑)、漢字を開いてひらがなを意識的に使っているなど、全体として柔らかい雰囲気を感じました。
山本 そうですね。今までは、戦国時代の職人や武士が主人公になるものが多かったのですが、幕末の京都の町人物だったので、あまりひねりのない素直な文体にしようと考えました。