時代を巧みに切り取った「池袋ウエストゲートパーク」は11作を数える人気シリーズとなり、今年7月に創刊したメールマガジン「小説家と過ごす日曜日」では時事ネタへのコメントや人生相談が話題となる。メディアの枠を超えた活躍を見せる石田衣良さんが次作に選んだのは、鮮やかな官能短編集だ。
「他人の気持ちを想像できない人が増え、コミュニケーションが内向きになってしまった社会に向けて、男女の性愛は楽しいものだと伝えたくて書きました。最近の風潮は性愛に対して生真面目すぎる。もっとおおらかに捉えればよいのにと思う。アイドルの恋愛スキャンダルへのバッシングを見ていても分かりますが、社会全体が過剰に潔癖になって硬直化しているんです」
中学生のときに心に刻まれて以来、塩を振った牛乳の匂いのする女性を今でも求めている表題作の「MILK」、20代のアルバイトの女性と絶対に最後までしない代わりになにをしてもいいという約束で、さまざまなシチュエーションを堪能する「いれない」、お互いの妄想をつまびらかにしながらテレフォンセックスを楽しむ夫婦の「ひとつになるまでの時間」など、10編の短編はいずれもベッドシーンに至るまでの情景が丁寧に描かれている。
「セックスに向かうまでの、関係性を作り上げていく時間や人間関係の揺れ動きがおもしろいと思うんです。それを表現するのに一番ふさわしいのは、映像やイラストではなく、言葉だと思う。官能小説のように型が決まっているときにどう表現するかが小説家の腕の見せ所。嫌な気持ちが残る終わり方をしないのが僕の短編の特徴なので、1編を読んで良い気分で眠りについてもらえれば嬉しい」
著者はこれまでにも『娼年』や『夜の桃』、『sex』など官能小説を何冊も上梓してきた。その中でも今作は、20代のアルバイトから中年の主婦、アダルトビデオの脚本家や親戚の叔母など、魅力的な女性の数々が印象的だ。
「登場する女性が理想の女性像というわけではないのですが、僕の女性に対する礼賛も表しています。恋愛に踏み出せない人は、自分がどう見られるのか分からないから怖いと言うけれど、相手から見ればコンプレックスも魅力になったりするんです。恋愛は妄想してシミュレーションするほどうまくなる。そしてセックスは同じ相手と何度も回数を重ねて、話し合って工夫するほど気持ちが良くなる。硬直化した社会だと言いましたが、そんな中でも恋愛に踏み出そうという人に向けての応援小説でもあります」
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