「婚活」、二〇〇七年にこの言葉を作った時は、まさか石田衣良さんの小説のタイトルになるとは想像できなかった。一九六〇年生まれの石田さんと私(一九五七年生まれ)はほぼ同世代(失礼!)、二〇代を過ごした一九八〇年代は、ほぼバブル時代と重なる。就職も結婚もしようと思えば簡単にできると思えた時代だった。将来自分が結婚できないと考える若い人など、誰もいなかった。だから、独身時代、結婚抜きの「ロマンス」に浸ることができた。当時、トレンディー・ドラマの全盛期で、「ふぞろいの林檎たち」「男女7人夏物語」「東京ラブストーリー」など、おしゃれな恋愛スタイルが描かれる。研究者の卵でお金がなかった私でさえ、ディスコやスキー、ドライブなど、どこかにロマンスの相手はいないかと探し回ったものである。結婚ははるか先のこと、とにかく、恋人をみつけてロマンスを楽しまなければ、という雰囲気が充満していた。
そして、ロマンスを楽しんだ、もしくは、ロマンスに憧れた当時の若者は、なんやかんや言って、相手をみつけて結婚していった。女性の三〇歳未婚率は一九九〇年で二〇%(国勢調査より)、石田さんと同い年の女性の五人に四人が三〇歳までに結婚していたことになる。当時は、若い男性は望めば誰でも正社員になれた時代、収入格差も小さかった。まだまだ総合職で働く女性はほんの一握り。結婚し子どもが生まれれば、正社員の男性が家計を支え、女性の多くは仕事を辞めて主婦になるという昔ながらの結婚をしていったのである。
誰しも豊かな生活を一生送りたいと思う。そして、誰しも好きになった人とずーっと一緒にいたいと思う。前者を「経済的安定」の願い、後者を「ロマンス」の欲求と呼んでおこう。一九九〇年頃までは、多くの人は、結婚によってこの二つの願いが叶えられた。男性はみな正社員で給料はどんどん上がるので、結婚後の経済生活など心配する必要がなかった。今から思えば、結婚するのにふさわしい独身男性が、身近にごろごろ転がっていたのである。そして、当時の男性も、ロマンスを求め恋愛に積極的だった。結婚はロマンスの先にあるものであり、はなから「婚活」、つまり、結婚を目指した活動など誰もしていなかった。
しかし、一九九〇年代、バブルがはじけ、就職氷河期が訪れ、そして、アジア金融危機、リーマンショックと続く経済停滞の時代が到来する。不況は若者を直撃し、フリーターなど非正規雇用者、正社員になれなくて収入が不安定な若者が増える。つまり、女性側から見れば、結婚後、豊かな生活を送ることが期待できる結婚相手候補の男性の数がどんどん少なくなる。それに加えて、草食化と呼ばれるように、自信を喪失した若い男性たちは、恋愛に消極的になっていく。お金をもっていて誘ってくるのは中年既婚のおじさまばかりなりという状況がでてきてしまった。経済の面でも、ロマンスの面でも、だまっていても結婚相手が自動的に現れる時代ではなくなったのである。三〇代前半女性の未婚率は、二〇一〇年の時点で三四・五%、三人に一人が未婚となってしまった。自然な出会いがなくなったと気づく人が多くなった、二〇〇〇年ごろから、積極的に出会いを求めるなど、結婚を目指して活動する人が登場し、「婚活」とネーミングすることになるのである。
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