巨匠エルロイ、20年ぶりの警察小説 戦時下のLAで刑事たちが謎を追う!
文: 永嶋 俊一郎 (文藝春秋)
『背信の都』 (ジェイムズ・エルロイ 著/佐々田雅子 訳)

本書はジェイムズ・エルロイの第十四長編Perfidia(Knopf, 2014)の全訳で、エルロイが開始した《新・暗黒のLA四部作》の第一作となる。「裏切り」といったような意味を持つ「Perfidia」は、グレン・ミラーやナット・キング・コールなどのヴァージョンもあるジャズのスタンダード曲のタイトルからとられた。本書のなかでも、あちこちで「パーフィディア」の調べが奏でられている。
前作『アンダーワールドUSA』で、エルロイはアメリカの政治と暗殺のクロニクル《アンダーワールドUSA三部作》の幕を閉じた。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺にはじまり、ロバート・ケネディ司法長官とマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺、リチャード・ニクソンの登場とアメリカの中米への干渉――ヴェトナム戦争を機に没落してゆく白人の支配体制のあがきを、白熱のノワールとして、悪の全体小説として、エルロイは描き切った。
それから四年のブランクを置いて発表したのが本書である。
物語は一九四一年十二月六日にはじまる。ロサンジェルス市警の鑑識官を務める日系二世のヒデオ・アシダは、頻繁に強盗に襲われるドラッグストアを監視するため、手製の自動写真撮影機を設置していた。アシダは科学と工学に秀でた怜悧な青年である。
惨劇が起きたのはその夜のことだ――日系人農園主リョーシ・ワタナベの一家四人が血まみれの部屋で発見された。一報を受けて現場に急行したのはLAPDのダドリー・スミス巡査部長。腹部を裂かれた死体はまるで日本の切腹のようであり、壁には日本語で書かれた遺書らしきものが残されていた。日系人であるアシダを呼びだし、ダドリーはその文字を解読させる。
いま迫り来たる災厄は/われらの招きたるものに非ず/われらは善き市民であり/かかる事態を知る身に非ざれば――そう書かれていた。「迫り来たる災厄」とはいったい何なのか?
無理心中とするには不可解な点がいくつもある現場を離れた翌朝、十二月七日。アメリカ全土を揺るがすニュースが届いた――日本軍が真珠湾を奇襲したのだ! ついに日米は戦争状態に突入し、ロサンジェルスを不安と怒りが覆う。ひとびとは軍に志願するために列を成し、日系人へのヘイトが燃え上がり、彼らは財産を没収され、拘置されてゆく。
そんななかで「ジャップ」の殺しを解決する必要があるのか? LA市警とLA市の大物たちは、この事件をきちんと扱うことで自身の正当性を示そうと決めた。しかし真犯人を捕らえる必要はない。ちょうどいい変態なりジャップなりに罪を着せればいいではないか。その意を受けて、ダドリー・スミスが動きはじめる。
一方、ヒデオ・アシダは収集した証拠をもとに独自の捜査をつづける。「迫り来たる災厄」とは真珠湾攻撃のことではないのか。殺されたワタナベはスパイだったのではないか。しかし日系人収容の網はアシダにも迫り、徐々に彼を追いつめてゆく……