- 2015.03.05
- 書評
ろくでもない世界における『デブを捨てに』のスゴイ効能
文:宇田川 拓也 (ときわ書房本店)
『デブを捨てに』 (平山夢明 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
まったく、ろくでもねえ――。
そんな言葉が自然とこぼれるほど憂さにまみれ、見るもの聞くものはおろか、世のなかのすべてが自分を蔑んでいるような黒い気配に捉われたとき、気分転換や憂さ晴らしに効く物語は限られてくる。口当たりのいい重湯みたいな、人畜無害なものに用はない。“日本中が泣いた”的なものも勘弁だ。この世には、ろくでもない物事や人間があふれ返っている――そう認めたうえで紡がれた、過剰で、毒気を含み、呑む者を選ぶ劇薬のごとき物語でないと、身も心も浄化されやしない。
その点、平山夢明『デブを捨てに』は最高の一服といえる。書籍に巻かれた帯に、〈シュール〉かつ〈泥沼〉のような状況を乾いた〈ユーモア〉とともにお届けする、異才の作家・平山夢明〈最悪劇場〉全四話――という惹句が踊る、日ごろ憂さにまみれ、黒い気配に捉われた人間たちのささくれた感情にもオーダーメイドされた服のようにジャストフィットし、存分に時間を忘れさせてくれる格別の作品である。
文無しの男が偽物の大麻を売る奇妙な父子と出会い、仕事を手伝うことになる第1話「いんちき小僧」。35年も前に捨てたはずの娘からの手紙に、ふたたび逢うことを決意したおっさんから同行を頼まれた男が、阿鼻叫喚の事態に巻き込まれていく第2話「マミーボコボコ」。ある男の登場により、みるみる傾き始めたバーで、頭の禿げたヘルス嬢がとんでもない行動に出る第3話「顔が不自由で素敵な売女」。そして、借金の返済を待ってもらう代わりに、組織の大物から「デブを捨ててこい」と命じられた男の珍道中を描いた表題作。唯一無二の鬼才によって徹底的に研ぎ上げられた飛び切りの物語が、読み手の鬱屈した心情に深々と突き刺さるべく、あるいは風穴を開けようと待ち構えている。