- 2013.05.16
- 書評
手紙のすべてが、
二つの魂となって協奏している。
文:なかにし 礼
『命の往復書簡 2011~2013 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子 千住文子 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
思い邪(よこしま)なし、という言葉(『論語』第二、為政編)がある。徳をもってなす王道政治を理想とした孔子は政治戦略と人間学に通じた人であったが、こと詩に関しては人智のおよばないものであることを知っていた。詩を創るにしても鑑賞するにしても「思い邪なし」それに尽きると言っている。この『命の往復書簡』を読み進む私の頭が思い浮かべていたのは最後までこの言葉のイメージであった。
千住真理子(1962年生)が母である千住文子(1926年生)の腎臓にステージⅣのがんがあることを医師から告げられたのは2011年の2月24日のことであった。
本人に知らせるべきかどうか、博(長男、1958年生、日本画家)、明(次男、1960年生、作曲家)と真理子の3人兄弟は思い悩む。が相談した医師から今手術すれば命は助かると言われ、やむなく母に事実を伝える。そうしなければ、母をがん研有明病院に連れて行けないからだった。
がんはすでに骨転移までしていた。しかも折悪しく母は敗血症を患っていたのだが、かまわず、腎がん摘出と同時に骨転移摘出の手術は敢行され、そして成功した。
それから約半年経って、術後の経過も順調と見られる9月半ばから母娘の往復書簡は始まっている。綴られていることは、芸術とはなにか、芸術家とはなにか、天女の幻のごとき究極の妙音を思いのままに弾き出すことは可能だろうか、女の幸福とは、人間の孤独について、生と死について、3・11の衝撃をどう受け止めたらいいのか、ボランティアとはどういうものか。一見堅いテーマがあたかも日常茶飯の話題のように軽やかに語り進められていく。つまり千住家には芸術のみならず人間にとって大切なことは常に正対して語り合う習慣があることが分かる。そして今は亡き夫であり3人の子供たちの父である千住鎮雄(1923年~2000年、工学博士)を偲ぶ思い。その在りし日、ともに過ごした眩しいような忘れがたいひと時ひと時。三個のヴァイオリンケースを背負い、その上に真理子を乗せ、左右の手で2人の息子の手を引きながら鷲見三郎先生のお宅までレッスンに通ったこと、それが縁で2歳3カ月の真理子がヴァイオリンを習うようになったこと、祖父母の死を看取ったこと、千住家にストラディヴァリウスが来た日のことなどが色彩も息づかいも鮮やかに描出される。
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