- 2015.10.29
- インタビュー・対談
概念的に汚いとか臭いとか思っているものでも、実はものすごく美しいんじゃないか――吉村萬壱×若松英輔(前編)
「本の話」編集部
『虚ろまんてぃっく』 (吉村萬壱 著)
ジャンル :
#小説
「『ボラード病』を読んで衝撃を受けた方、『虚ろまんてぃっく』ではショックで倒れ伏すと思います」と、担当編集者に言わしめた衝撃作を、気鋭の批評家はどう読むのか?「人間を、問い直す」と題した対談が10月6日にジュンク堂書店難波店で行なわれた。
若松 今回の吉村さんの『虚ろまんてぃっく』には、いくつか重要なテーマがあると思うんですが、まずどうしても聞きたいと思ったのが「言葉」をめぐる問題なんですね。「言葉」への不信がこの小説を貫いている。
吉村 きれいな言葉ってありますやんか。「平和」とか「愛」とか、「友情」とか「思いやり」とか「絆」とか、僕にはそういった言葉に対するアレルギーがあるみたいです。特に最近は日本の首相、名前忘れましたけど(笑)、彼が言う言葉にものすごく居心地の悪いものを感じます。「国民の命と平和な暮らしを守るため」とか、何かものすごくズレている。大きな違和感を覚えます。
平和とか愛とか絆という言葉を使ってもいいくらい、純粋で強い思いというのを最終的には本気で書いてみたいという願いはあります。でも本当にその言葉を本来の意味で謳えるような世界を僕はまだ上手く想像できない。僕の力も足りないし、掘り下げられていない。こんなの「絆」じゃない、こんなの「愛」と違う、と、今は延々と不純物を取り除いている感じです。でも、はっきり言って今回は自分でも若干やりすぎたかと……(笑)。
若松 そんなことないですよ。私はとても古く、また新しいと思いました。不純なものからしか純粋は生まれない。こうした普遍的な問題を今に問うことは鮮烈であり、ボードレールをはじめ文学のとても正統な、伝統的な流れに吉村さんはいると思う。
吉村 僕の好きな言葉に、エミール・シオランの「この世に何の悩みもなく、枕を高くして眠っている連中を、たたき起こさなければならない」というのがあるんです。それが文学の仕事だと思う。何の権利があっておまえはそれを書いてるんやと言われると、そんな権利はまったくありませんとお答えするしかございませんが。
でも、10年間書いてきたものをこうやってまとめて読むと、僕はデビューして14、5年になりますが、何も変わってないんですね。人間を人間の理屈で見ない。宇宙生物が地球にやってきて、地球人類を見たときに、その印象を宇宙人になり代わって書いています。
若松 『虚ろまんてぃっく』を読んで、これはサルトルの世界だと思いました。単にサルトル的だ、というのではありません。概念を突破して実在に迫ろうとする。エロスの世界を描きながら、エロティシズムさえ壊そうとしている、と感じました。この作品は、現代の哲学が扱いきれていない問題を描いた「哲学小説」です。ここでの「哲学」とは、宗教などを信じることなく、人間を越えたものにどうふれあうかという道程のことです。それがとてもよく現れている作品集だと思う。吉村さんとサルトルは、同じものを見て、まったく違う書き方をしている。読者が感じるのは不快よりも驚きの方が大きい。
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