★単行本刊行時の記事です
本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』は、著者の宮下奈都さんが長年お世話になってきた調律師さんの言葉がきっかけで着想した物語です。
プロの調律師は、『羊と鋼の森』をどう読んだのか、河合楽器製作所に勤務するお2人に感想を伺いました。岩倉康之さんは、家庭や学校のピアノを調律した経験が長く、村上達哉さんはショパンコンクールのピアノの調律などを手がけながら最高峰のピアノの開発に携わっています。本の感想だけでなく、日々の調律師の仕事や調律師に必要な才能、先輩調律師から主人公・外村へのアドバイスなども伺ってきました。
――まずは『羊と鋼の森』の感想をお聞かせください。
岩倉 非常に分かりやすい文章で、読み入ってしまいました。主人公の外村が周りの先輩に支えられながら成長していく姿が、自分が会社に入って最初の赴任先で仕事を覚えた頃にだぶって、懐かしい気持ちになりました。
それから、調律師の日常をよく取材してあるなと思います。調律の当日になってお客様からのキャンセルという話が出てきますが、実際にも意外とあるんですよ(笑)。
村上 本当に、よく調律師に聞き取りをされていて、嬉しい本ですね(笑)。よくぞ書いて下さったみたいなところがあります。
今の社会にないものがこの小説の中にあるというふうに感じました。ものすごくデジタルな社会になっていて、情報がテレビやSNSでどんどん広がっていく世の中で、ピアノというアコースティックでクロマティックなものと向き合う調律師の世界をゆったりと取り上げてくれている。
調律師の立場からすると、いろんな場面がちりばめられていて、それぞれ深掘りし過ぎず、表現もすごく比喩的で、分かりやすく書かれていると思いました。受け取る側がいろんな感情で取れる。だから、いろんな人に受け取ってもらえるんだなあと感じました。
岩倉 調律師の仕事は、どちらかというと表面的な仕事ではなくて裏方の仕事になります。それでもいい音楽を作っていく上で非常に重要な役割は果たしていると思って仕事をしています。お客様が、調律によって音が変わるんだとか、調律の必要性とか、そういうところに関心を持っていただいて非常にありがたいと思いました。
この小説が話題になってから、お客様の方から「あの、しばらく調律していないんだけれどもぜひやってください」という連絡もいただきました。本を読んで、みなさんいろいろ考えるところがあるのだと思います。
村上 「森」というテーマが最初にあったのですけれども、それが非常に印象深かったです。その中からピンポイントでいろんなものをクローズアップしていくのが、ピアノと調律師がひとつになっていく過程と似ていたんですよね。
昔、あるピアニストと仕事をしているときに、「この音がピアノ全体感の中の宇宙の中にあるひとつの星みたいな音が欲しいんです」と言われたことがあって(笑)。その時に、それは何を表現したらこの音の中に彼の言いたいことが伝わるんだろうと思ったのと一緒なんですね。森の中の何かの表現が感じられるとか、匂いが感じられるという音の表現が、すごく素敵に感じられました。
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