『ジュージュー』とは、なんて素敵なタイトルなんだろう。すこし読み始めれば、それが主人公の働くステーキハウスの店名であり、それは作中になんども登場する朝倉世界一のマンガ『地獄のサラミちゃん』に登場するレストランの名前に由来しているとも知れるのだが、しかしまだページを開く前、たとえば書店で〈ジュージュー/よしもとばなな〉との文字列が背表紙に並ぶ本を見つけたときにもきっと、いいタイトルだなと感じるに違いない。ジュージュー。次に猫を飼うことがあればそう名付けたいぐらい、かわいい響きだ。
そんな本書『ジュージュー』は、昨年秋に刊行された『もしもし下北沢』(毎日新聞社刊)と、双子の関係にある小説と言ってもいいかもしれない。『もしもし下北沢』で〈よっちゃん〉と呼ばれる女性主人公は、父親を心中というショッキングないきさつで亡くしてから、残された母親との関係を深めつつ、下北沢のビストロで料理の腕をふるっている。そんななか出会った男の子との恋と、もうひとつ別の恋。肉親の死を体験し、精神の回復期にある女性のゆっくり流れる日常が、市川準の監督した映画『ざわざわ下北沢』にオマージュをささげるようにして描かれる作品である。
いっぽう『ジュージュー』の女性主人公の名は〈みっちゃん〉。母親をとつぜんの心臓発作で失って呆然とするなかでも、ステーキハウスを営む父親を支え、店を愛し、下町的風土を愛し、店の顔だった母親のあとを継ぐかたちでフロア係として毎日きちんと身体を動かしている。つらかった過去の恋愛体験は乗り越えつつあり、やがて訪れる新しい男性との出会いに心が湧きたっていくさまは、なんとも麗しくチャーミングだ。本作でフィーチャーされるのは、先述した『地獄のサラミちゃん』と、町田康による歌詞「どうにかなる」である。
二作に共通するのは、(1)身近な人物の死が若き女性主人公に深い喪失感を与えるということ。(2)料理で人が幸せになる瞬間が幾度も描かれること。(3)アナーキーなまでの恋の揚力を主人公がじっくり飼いならしていくこと。(4)なにかしらの表象芸術(映画、マンガ、詞)に作品自体がインスパイアされたとの表明があること――となるだろう。よしもとばななという作家がデビュー作『キッチン』からおそらく一貫して追い続けてきた「現実の非情さと人間の再生力」という主題が、ここにきてより洗練され、より純度を高めたかたちで繰り返し繰り返し新しい作品のなかに立ち現れることに、深い感慨を抱かずにはいられない。
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