2016.09.21 インタビュー・対談

一度は可能性ゼロに近づいたオバマ大統領広島訪問。悲願実現の舞台裏に迫る

聞き手: 「本の話」編集部

『オバマへの手紙 ヒロシマ訪問秘録』 (三山秀昭 著)

一度は可能性ゼロに近づいたオバマ大統領広島訪問。悲願実現の舞台裏に迫る

 5月27日、アメリカの現職最高指導者のバラク・オバマ大統領が、被爆地・ヒロシマを訪問した。もちろん前例のないことで、まさに歴史上の画期的なエポックであった。  ただ、オバマ大統領のあの文明論的なスピーチと、米兵被爆死者の調査を続けてきた森重昭さんとの抱擁シーンは誰もが覚えているが、どんなプロセスで、あの歴史的訪問が実現したのか、となると、誰も知らないのではないか。日米政府ともその経緯は明らかにしていないし、今後もしないだろう。  本書は、この歴史的訪問の実現を水面下で動かした現地メディア社長が、日本政府、ホワイトハウス内部、広島市、広島県に食い込んでウォッチした、秘話満載のインサイドドキュメントである。

『オバマへの手紙 ヒロシマ訪問秘録』 (三山秀昭 著)

――タイトルにもなった「オバマへの手紙」は、三山さんの企画だそうですね。これは、どんな経緯で始まったものなのですか?

「オバマへの手紙」とは、広島の被爆者や一般市民が、オバマの広島訪問を熱望する気持ちを「手紙」にして、ホワイトハウスに届けたものです。言わば「ヒロシマの心」を伝えたラブレターのようなものですね。2年にわたって募集したものを、2回、1472人分をホワイトハウスの高官に届けました。スタートは2013年後半からですから、足掛け3年です。

 きっかけは2012年9月1日の広島テレビの開局50周年でした。その記念事業を検討する中で、「被爆地らしいことをやろう」と「piece for peace(平和へのひと筆)」というキャンペーンを始めたのです。

 実は広島の平和公園には年間1千万羽の折鶴が世界から手向けられます。しかし、飾られるのはごく一部、多くは倉庫に保管されますが、大量に送られてくるので保管場所にも困り、市当局が「折った人の平和への気持ちが生かされるなら、再利用することは認めよう」となったのです。そして2011年に、再利用の第一号として、広島テレビの企画が認められました。それは、折鶴を溶かして作った再生紙に、今は化粧筆で有名な広島・熊野町名産の毛筆で、「心に想う一文字」を書いてもらうという企画です。

 最初の「ひと筆」はあのビートルズのジョン・レノンの妻で平和運動家のオノ・ヨーコさんで、「夢」と書いてくれました。

慰霊碑に献花するG7外相(2016.4.11)

――それがどうして「オバマへの手紙」につながったのですか。

 キャンペーンは大変な反響を呼び、世界各国からの観光客も含め、1万8156文字も集まりました。テレビ番組にしたり、展示会をやったり、絵本にもしましたが、これだけの反響を、広島テレビの50周年事業だけで終わらせてしまってはもったいないので、この企画を「オバマへの手紙」に切り替えることにしたのです。

 この時点で2016年のG7サミットの日本開催は分かっていたし、プラハで「核なき世界」を唱え、ノーベル賞に輝いたオバマ大統領だから「ノーベル賞に相応しい業績として被爆地ヒロシマを訪問してもらおう」という狙いでした。

 具体的には、折鶴の再生紙にあらかじめ「President Barack Obama, please pay a visit to Hiroshima」と印刷しておき、その下に、市民の方々にオバマの広島訪問を望む気持ちを書いてもらいました。

――そこで意外な事実に遭遇したそうですね。

 被爆者を含め、広島市民は誰も、「原爆投下にひとこと謝ってほしい」とか「謝罪のために広島を訪問してほしい」とは思っていないことが分かりました。

 そこで第1弾として2014年5月に、被爆者、知事、市長、高校生、主婦など72人分の「手紙」を私が携えてホワイトハウスを訪問し、国家安全保障会議(NSC)の高官と会って、「ヒロシマは何も原爆投下の謝罪のための訪問を求めているわけではないのだ」と説明しました。

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オバマへの手紙 ヒロシマ訪問秘録
三山秀昭・著

定価:本体780円+税 発売日:2016年09月21日

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