2015.10.26 書評

豊富なネタとコミカルな登場人物たち、痛快ユーモアミステリ誕生!

文: 大矢 博子 (書評家)

『ホテル・コンシェルジュ』 (門井慶喜 著)

『ホテル・コンシェルジュ』 (門井慶喜 著)

 知的。あるいは、衒学的。

 デビュー単行本の美術ミステリ『天才たちの値段』(文春文庫)から、第一五三回直木賞候補に名を連ねた『東京帝大叡古教授』(小学館)に至るまで、門井慶喜の書くミステリには芳醇な「知」の香りが満ちている。

 ここで言う「知」とは、学術的・専門的な情報やトリビアが多く書かれている、というだけのことではない。もちろん、「へえ、そんなことが!」という情報が知的好奇心をくすぐり、満足させてくれるという側面はある。榎本武揚が隕石の研究家だったことも、フランス人形がフランス製ではないことも、私は門井作品で初めて知った。たとえば「美術探偵・神永美有」シリーズは主に美術品の真贋や来歴がテーマとなる美術ミステリだが、そこには絵画や彫刻の薀蓄だけではなく、それにまつわる歴史や哲学、文学、科学にまで及ぶ幅広い知識・情報が開陳され、それが謎解きに結びつくという実にペダンチックな構成になっているのだ。

 だが、ただ情報を得るだけなら、専門書を読めば足りる。門井慶喜の小説が心地よいのは、物語の中でその「知」が効果的に、そして意味を持って使われているからに他ならない。情報を読者に伝えることが目的なのではなく、それを知ることにどんな意義があるのか、それを知った先に何があるのか――それが門井作品の「知」である。

 

 ……とまあ、高尚に且つ堅苦しく始めたわけだけれども、実は本書『ホテル・コンシェルジュ』は、著者には珍しいユーモアミステリである。ぜんぜん硬くない。高尚でもない。これがまた、けっこうなドタバタコメディなのだ。「知」は? ペダンチックな持ち味は?

 大丈夫。「知」そのものが目的ではなくその先にあるものを描くという門井作品の特徴は、ユーモアミステリという構造の中で、よりはっきりと見えてくるから。

 

 本書の舞台はホテルポラリス京都。世間一般の認知度はともかく、玄人すじには高く評価され、伝統はあるしサービスも一流というホテルだ。ここのエグゼクティブスイート(なんと一泊二十一万円!)に長期滞在(!)している大学生・桜小路清長が持ち込んでくる厄介ごとの数々に、ホテル・コンシェルジュの九鬼銀平とフロントの坂名麻奈(余談だが、サカナもマナも魚である)が挑み、解決するという連作短編集である。

 この桜小路清長がトラブルメーカー。コンシェルジュとはホテル近辺の案内やお店の紹介、チケットの手配など、宿泊客が快適に過ごせるよう要望を聞いてお手伝いする係りのことだが、清長は「客の要望を聞く」というところを拡大解釈し、彼自身の問題や家庭の問題まで九鬼のところに持ち込んでくるのだ。上得意なのでむげにもできず、九鬼と麻奈はその都度、解決に協力することになる。

 清長がエグゼクティブスイートに長期泊まっていられるのは、勉強に集中して今年こそ大学を卒業できるよう、彼の伯母・那須あき子(これがまた実に強烈なおばさんである)がスポンサーになっているから。が、当人はいたって呑気な、つまりはアホぼん、なのである。このアホぼんが、あき子伯母から「同居しているおばあさんの金の仏像が盗まれた」と呼びつけられるのが第一話「みだらな仏像」だ。

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ホテル・コンシェルジュ
門井慶喜・著

定価:本体670円+税 発売日:2015年10月09日

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