2009.07.20 書評

“むずかしくない言葉”が突き刺さる

文: 村松 友視 (作家)

『生きのびる からだ』 (南木佳士 著)

   南木佳士作品に接したのは、泉鏡花文学賞受賞作『草すべり その他の短篇』がはじめてだったのだから、かなり遅い読者だ。そこに収録された四篇には、主人公である医師の心に映る、壮年から老年にさしかかって、さまざまな理由で死を意識しはじめた人々が登場しているが、文章を紡ぐ微妙な息遣いによって、強く静かな説得力が伝わってくる作品群だった。

   その説得力は、主人公の「わたし」にかさなる作者の“生”と“死”に向かわざるを得ぬ、のっぴきならぬ境遇や立場から発する緊迫感のせいでもあり、その緊迫感の底で微妙にうごめく、作家らしい鼓動のけはいから生じる効果でもあった。

   とくに、主人公が高校時代にあこがれていた女性と浅間山に登り、たがいの衰えを感じつつ、かつての記憶の断片をたぐりよせる時が書かれた「草すべり」には、生命と対峙(たいじ)する真摯な現実感と、その奥の奥でひとりあそびをする作家の上等な不埒(ふらち)さが交錯する味わいを感じさせられた。

   今回、私はそんな作者の内側にゆらめいているさまざまを、目明(めあか)し的に探索してみようという思いで、このエッセイ集を読みはじめた。資質、感性、体験、環境、思考回路、作品への取り組み方、文章の味などのすべてに、自分とはまったくかさなり合わぬ、作家としての本質的な要素をそなえる、対極にいる確乎たる作家である作者に、強くそそられるものを感じたからでもあった。

   実は、私と作者にはかさなるようなかさならぬような生い立ちがあり、それは祖母によって育てられたという共通点だ。そこに活路を……と思ったが、すぐに気持がしぼんだ。作者は、祖母に「ただ在るだけの身の世話をしてくれた祖母」としての感謝の念をいだき、このエッセイ集にも随所にその表現が出てきて、そのたびに私の胸に突き刺さった。

   それは、かさなるようなかさならぬような生い立ちに対して、作者より十一歳も上でありながら、このような感謝を祖母に向けることなく、それを自らの特権的ゆがみあるいはかるい自虐のいとなみと居直って、いまだそこから脱出できず立往生している自分のありようが、この表現によって刺激されるからだった。作者のむずかしくない言葉が、強く、重いのだ。たしかに、“むずかしくない言葉”に意表を突かれ、それがこちらの“生”や“死”への思いのヒントとなって突き刺さるのが、このエッセイ集の……いや南木作品の一大特徴であるのかもしれない。

 

生きのびる からだ
南木 佳士・著

定価:1260円(税込) 発売日:2009年07月15日

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