乾ルカ氏に初めて会ったのは二〇〇七年六月。
第一印象は「細くてちっこいお姫様」だった。
当方、これと思った女に近づくのは得意とするところで、いいなと思った女とはかなりの打率で親しくなれる(男には適用されない能力)。武器は北海道弁とスイーツとカラオケ。親しみと甘さと理性の蓋をずらす場所のおかげで、今のところ、ふたりきりになることに躊躇いを持たれずに済んでいる。
お互いの家が車で十五分の距離にあると知り「しめしめ」と思ったワタシは、「今度サツエキ(札幌駅)で会うべや」と彼女を誘った。「うん、いいよ」と彼女は言った。
待ち合わせたのはJRタワービルの入り口。駅構内の通路からビルには引き込みがある。こちらが待ち合わせ場所まで十メートルのところにさしかかったところで、引き込みからいきなり女が現れた。
迷いのない瞳でこちらを見つめる、乾ルカだった――。
くるりと体を反転させたから、振り向くまでサクラギが近づいていることには気づかなかったはずだ。咄嗟に彼女の両手に手鏡を探したが、見あたらなかった。
激しく動揺したあと、引き込みの陰になった場所にいたのにどうして後ろ側から近づいているのが分かったのか訊ねてみた。
「いや、べつに、たまたまだよ」けろりとした表情で彼女は答えた。
そうか、たまたまなのか。たまたま振り向いて、たまたま十メートル先にいた人間を見たら、たまたまそれが待ち合わせをしていた人間だっただけなのか――。
誰が信じるか!
そのあとホテルのラウンジでケーキセットを頼んだのだが、スプーンを持つ手にさえ疑いを持ってしまうこちらの心もちいかんともしがたく、再度訊ねた。
「予知とスプーン曲げとテレポート、どれがいちばん得意なんだ?」
彼女は美しく大きな目を更に開いて笑った。
「ないない。あたしそういうの、ぜんっぜんないから」
誰が信じるか!
そして彼女は数年後、連作短編集『ばくりや』を書いたのだ。
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