2008.08.20 書評

戦後最大のタブーを解く本

文: 長部 日出雄

『「古事記」の真実』 (長部日出雄 著)

 本書『「古事記」の真実』が生まれたのは、脳梗塞のおかげであるといえなくもない。一昨年の六月下旬、意識は終始明晰なまま左半身に軽度の麻痺が生じて、脳梗塞と診断され、約一箇月に及んだ入院生活の後半、病室に持って来てもらって読み返したのが、戦前に刊行された岩波文庫の本居宣長(もとおりのりなが)『古事記伝』全四冊で、退院時には本書の構想がほぼまとまっていた。

 実際に完成された本の章立てにしたがって、内容を紹介すれば――。

(一) 稗田阿礼(ひえだのあれ)は、女性である。

(二) 太安万侶(おおのやすまろ)は『古事記』の「編者」ではない。『古事記』の文体と大筋を定め、音声言語(口語)と文字言語(文語)の両方の働きをそなえて官民の別なく国民全般に通用する「日本語」(それは『古事記』によって確立された)を生み出した父は天武天皇であり、太安万侶は稗田阿礼の口誦の忠実な筆録に徹した母であった。

(三) 和語と漢字、神と仏を両立させる二元の構造こそ、わが国の文化の最大の特徴で、それは唐風文化一辺倒の近江朝廷を、国風文化を重んずる大海人皇子(おおあまのおうじ/天武天皇)が倒した壬申(じんしん)の乱から生まれた。

(四) 『古事記』は本来活字を目で追って黙読するための書物ではなく、まず演者によって朗詠され、歌唱される音声を耳で聴き、かつ演じられ、舞われる所作を目で観て、つまり聴覚と視覚を同時に働かせて鑑賞されるべき楽劇の台本である。(『古事記』の原形は、猿女君(さるめのきみ)稗田阿礼の一人歌劇であったろう)

(五) 大東亜戦争が勃発する直前、主著『神代史の研究』ほか三冊が「皇室の尊厳を冒涜(ぼうとく)する文書」との疑いで、非公開の法廷に立たされた津田左右吉(そうきち)は、実は皇室にたいして、日本人のだれにも負けないほど熱烈きわまりない敬愛の念を抱いていた。

 敗戦の直後、天皇制打倒の論旨を期待して原稿を依頼した「世界」編集部を驚愕させたかれの論文「建国の事情と万世一系の思想」の要旨を、当方の解説もまじえて紹介すれば……。

 武力を用いず政治の実務に関わらない上代の天皇にあったのは、宗教的任務である。民衆のために呪術や祭祀を行なう「巫祝(ふしゅく)」であったことが、天皇を「現(あき)つ神」とする淵源となった。皇室の永続性は、日の神を自らの祖先としてそれを祭る宗教的、精神的権威と、政治の局に直接あたらず、時の権力者にたいしてつねに弱者の立場にあられたことから生まれた。こうして一方において皇室が永続し、一方において政治の実権を握る者が次次に交替して行くという、世界に類のない二重政体組織の国家形態が、わが国には形づくられた。

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「古事記」の真実
長部日出雄・著

定価:本体850円+税 発売日:2008年08月20日

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