米国系銀行や証券会社で、債券ディーラーや外国債券セールスなどを経て作家に転身。経済小説の旗手として活躍し、2014年には『天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債』(角川書店)で新田次郎文学賞を受賞した幸田真音さん。その最新刊『ナナフシ』は、誇りを無くした男と夢を失った少女が親子のように愛情を注ぎ合い、傷付きながらも蘇生しようとする物語だ。
――帯に「初の人間ドラマ」とありますが、今作は、幸田さんがこれまで書かれて来た経済小説とは一線を画した作品のように見受けられました。
歴史経済小説だったり、経済サスペンスだったり、経済ホラーだったり、確かに私はずっと経済に軸足を置いたさまざまな小説を書いてきて今年で20年になります。でも、デビュー以来一貫してテーマとしてきたのは「人間とお金のかかわり」なんです。だから、いつも基本は人間ドラマを書いてきたつもりなんですけどね。
そもそも今回は、リーマンショックの直後に、それを題材にした小説をと依頼されたのがきっかけでした。それで何人もの当事者たちに取材をしたのですが、あの出来事ですっかり人生を狂わされてしまった人が本当に沢山いたんです。世の中でも、金融市場が暴走したから悪いんだ。そもそも投資やお金が悪の根源だと、金融業界そのものを否定する論調がほとんどでした。
もちろん金融危機の背景分析は必要ですし、人生を狂わせた理由を何かのせいにして、溜飲を下げたい気持ちもよく分かります。
でも、本当にそうなんだろうかと強い疑問も、一方で湧きました。だって、金融は悪といっても、われわれの年金の運用だって金融市場がなければできないのですからね。ただ金融市場を全否定するだけではなんの解決にもなりません。
本来は人間がお金をコントロールしなければいけないのに、時として主従関係が逆になって、人間がお金に支配される。そういうことが起きがちなのも、人間とお金のかかわりなんですね。
だから、ただリーマンショック自体を書くのではなく、もっと本質的な、人間の欲の深淵みたいなものを描きたいと思ったんです。その意味でも、私にとってチャレンジングな小説であることには間違いなくて、結果的には「初の人間ドラマ」という帯にも異論はありませんでした。
――タイトルになっている“ナナフシ”という不思議な昆虫は、時に「擬態」し、時に自らの足を「自切」することで、外敵から身を守ろうとします。それらは各章のタイトルにもなっていますが、なぜそんな昆虫が小説のタイトルになり得たのでしょうか。
これまで、実は昆虫は苦手だったんですよ(笑)。でも、私は子供のころから顕微鏡を見たり、生命の起源というのにとても興味があってね。最近、ちょっとしたご縁で、高槻市にあるJT生命誌研究館というところに行ったんです。その時、大きな水槽の中にいた何百匹ものナナフシと出会って、すっかり魅入られてしまいましてね。
ナナフシは針や毒のような武器を持たない、平和を愛する生き物。相手を傷つけるのではなく、自ら手足を差し出すことで生き延びる術を持っているんです。私自身も作家になる前に大きな病気をしたことがあるのですが、人間って、何かを失ったときには、必ず別の何かが用意されているものなんです。
危険が振りかかってくると、ナナフシは自分の手足を差し出して逃げる。すると、また別のものが生えてくるなんて、なんだか私の信条と近くてすごく印象深かったんです。
最初にこのタイトルを付けた時には、「七不思議?」とかいろんなことを言われたのですが、それも良いかなと(笑)。
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