この本は新選組研究の古典ともいえる。著者・中村彰彦氏の新選組への執念と蘊蓄(うんちく)が深々と籠(こ)められている。新選組の「事典」プラス「物語」としても大層面白く読めるが、行間に溢(あふ)れる著者のはりつめた精神と激甚(げきじん)な時代の鼓動を各章各節で生き生きと感じることが出来る。
既に原本から三十年の歳月を閲(けみ)しているのに随所にみずみずしい感動がある。新発見がある。足を棒にして新選組の生い立ち前のことから「戦後」に至るすべてを徹底的に調べただけに凄(すご)いボリュームになったが、読み始めたら一気呵成(いっきかせい)である。新選組は論じても論じても味がでてくるので中村彰彦氏の決定版が待望されていた。
この文庫本の原本を執筆していた当時、中村彰彦氏は出版社勤務の傍(かたわ)ら、しきりに小説家としてたつ準備をしていた。歴史評論を随分とあちこちに書いていた(ちなみに中村彰彦はそのころのペンネームの一つ)。執念を燃やしながら二年以上の歳月をこの作品にかけていた若き日の著者が会津(あいづ)や京都などを駆けずり回り、懸命に原稿を綴(つづ)っていた現場に何回かつき合ったことがあるので、取材のエネルギッシュなさまや調査にかける旺盛(おうせい)な好奇心を私は目撃しているのである。
このころ中村彰彦氏は『週刊文春』の編集者だったので私と仕事が重なることが多く、最低でも週に一回、おそらくは二回以上何処(どこ)かで飲んでいた記憶がある。最後は必ず新選組の話題になって氏が取材して歩いた成果を直接にも聞く機会に恵まれた。
というのも司馬遼太郎『燃えよ剣』や子母沢寛(しもざわかん)『新選組始末記』が好きで私も幕末ものを割合読んでいた方だから舞台裏の話に興味があったのだ。「あの話は本当ですか?」からはじまって途中で議論が噛(か)み合わなくなると中村氏はすぐに鞄(かばん)から古い文書やら会津の図書館や古本屋で仕入れてきた証拠を出す(いつも重い資料を持って通勤していた)。
その取材の成果がこの文庫の原本で、昭和六十年にでた『決断! 新選組』と二年後の『激闘! 新選組』(いずれもダイナミックセラーズ刊)だった。
当時の読後感はといえば、夥(おびただ)しい資料調べの痕跡(こんせき)にひたすら愕然(がくぜん)とした記憶がある。
十数年後に角川文庫版のゲラを読み返して随分と印象が異なるので本人に確かめたところ、百枚以上削って二百十数枚を書き足したというではないか。
それだけ愛着が深いのには理由がある。
原本から十数年、何とこの本に収められている数々の新資料を基にして氏は文壇デビュー作の『明治新選組』をものし、長編第一作の『鬼官兵衛烈風録』をはじめ、斎藤一(はじめ)を描いた『明治無頼伝』、伊庭八郎らを描いた『遊撃隊始末』などの話題作を次々と世に送り出したからである。
これら歴史小説の傑作群が次々と生まれた背景には、本書のように時間の幅を大きく取り、新選組の成立前史からその消滅以後の関係者たちの歩みまでを丁寧に眺めるための地道な資料読みと現場取材の積み重ね作業があった。
だから本書は「中村彰彦ワールド」の記念碑的作品であるとともに、創作の「策源地」、温泉で言えば湯本の源泉にあたり、想像力が湧(わ)き出でた貴重なデータブックでもある。
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