――『蒼煌(そうこう)』の構想はいつごろからあったのでしょうか。
黒川 ずいぶん前から考えていましたよ。芸術院会員選挙とか、日展の内幕をうまく使えば小説になるかな、と思っていたけど、ある程度時間が経たないと無理でした。たとえば日本画の見方とか、美術品の見方とかね。そんなのは時間的な蓄積がなかったら、すぐには書けんですね。最近やっとわかるようになってきて、そやったら書いてみようかな、と。『疫病神』みたいな柄の悪いおじさんが出てくる小説が続いたから、少し堅気の人たちの小説も書いてみたくて。あと、ミステリーでないやつね。頭の中には、若いころ読んだ『白い巨塔』がありました。権力闘争いうのは、こんなふうに書けるんやな。そんなら、ほかの分野で『白い巨塔』みたいな小説を書けるかな、と。
――美術のことをテーマにした小説は、これまでもいくつか書かれていますね。
黒川 『絵が殺した』は、いちばん最初にちょっとだけ入ってますけど、あれは美術界というより普通のミステリーのテーマのほうが大きい。『文福茶釜』も贋作物の話だから違うし。正面から美術界に切り込んだのは、今回が初めてです。
――そういう意味では、満を持しての作品ですね。
黒川 そうですね。基本的な知識はわりにありましたから。
――昔、美術教師として教えていらしたときの生徒とのやり取りなども生かされたりしているのでしょうか。
黒川 うん。自分が高校教師やったときの生徒の反応とか、友達の絵描きの愚痴や噂話とかね(笑)。あと、嫁さんが隣で絵を描いているとき(編集部注・奥様の黒川雅子さんは日本画家で、『蒼煌』の装画も担当)、どういうふうに制作しているかとか。情報量はものすごく多いから、その中からどう取捨選択して、小説に仕立てるかということでしたね。
――帯の文句に「美術界の清と濁」と出てきますが、濁の部分ばかりでなく、絵が実際に好きな人たちのことも加筆していただきました。
黒川 なんで絵を描くかというのは、ものすごく難しいですね。自分も彫刻をやっていたんですが、なんでそんなしんどい思いをして物を作るのかと言われたら、自分でもわからへん。粘土をこね回して、それが形になったときが楽しいということしか考えられない。嫁さんにも聞いたんですが、わからん、と。とにかく好きやとしか言いようがない。あんまり理屈で説明できることではないかもしれないですね。子供が絵を描くのをなんで楽しいかといっても、たぶん答えられへんのと同じかと思います。
――書き始められるときは、ラストや全体の構成は考えられましたか。
黒川 考えません。「オール讀物」で連載をしながら、考えていきました。テーマそのものは単純なんですよ。要するに、芸術院会員選挙だけなんです。それは芯としてあったんやけども、それをどういうふうに味付けしよういうのが難しかったです。右行ったり、左行ったり。さっき話した、絵描きがなんで絵を描くかいうのも、ものすごく大きなテーマでしょうね。書けているかどうかわからないですが。あとは、会員選挙で選ばれた人間がどういうふうに脱落し、破滅するかというのはよく考えました。ありきたりだと面白くないし、考えた末に、若狭湾の石油コンビナート事故からだんだん派生していったというふうにしたんですけどね。絵描きの選挙と、政治家の汚職、贈収賄を結びつけるのは難しかった。
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