2014.11.14 書評

日本人よ、「モンゴル」を忘れないでほしい!

文: 楊 海英 (静岡大学教授)

『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』 (楊海英 著)

 現代において、マスメディアほど豊富な情報を発信する装置はない。そのメディアが伝える大相撲に、モンゴル人力士は三人の横綱(白鵬、日馬富士、鶴竜)をはじめ、複数名いる。

「なぜ、日本の相撲界にこれほど多くのモンゴル人がいるのか?」

 南モンゴル(内モンゴル)に生まれ育ち、北京で学び、日本に留学し、いまは日本国籍を持つにいたった南モンゴル人である私は、日本人の読者にまず、そういう質問をしたい。

 それは、白人国家・フランスのサッカーなどのスポーツ・チームに大勢のアフリカ系黒人選手が含まれているのと同じ理由からである。どちらも旧植民地の出身者(フランスならばアルジェリアなど)が、その旧宗主国で活躍しているのである。野球やサッカーなどで在日韓国・朝鮮人が活躍しているのも同じ理由からといえよう。

 もちろん、厳密にいうと、いまの横綱三人の母国である「モンゴル国」は、朝鮮半島のように日本の「植民地」となったことはない。植民地となったのは、私の生まれ故郷である「南モンゴル」である。彼ら力士たちとまったく同じ祖先を擁し、少しも違わない文化と言語を共有する南モンゴルこと中国内モンゴル自治区の大半が、満洲事変(一九三一年)以降、満洲国に編入されていく形で、日本の植民地となっていったのである。

 同じモンゴル人が、今日南北に異なる「国家」の民として分断されている背景には、日本という国家の存在があったのである。そのことを知る日本人は少ないが、本書を読むにあたってはそのモンゴルのそうした数奇な近現代史の歩みをあらかじめ頭に入れておいていただきたい。そこで、その史実について簡単に触れておきたい。

モンゴルの敵は西洋列強ではなくシナだった

楊海英(静岡大学教授)

 本書は、日本が建立した満洲国内のモンゴル人たちの生き方に先ず焦点を当てているが、アジアの諸民族は一九世紀末から徐々に覚醒していった。当時、西欧列強の帝国主義的競争と侵略を受けて、アジアのそれぞれの故国はまだ植民地化されていた。そのため、アジアの民族の覚醒は、同時に暴力的な革命という形で全世界を席巻していくことがあった。

 しかし、インドやインドネシアや、フィリピンのアナーキスト、ホセ・リサールなどの反植民地支配の闘士たちが、等しく西欧列強を敵と見なしていたのと対照的に、モンゴルはアジアの古い帝国である中国(シナ)からの解放を民族自決の最終目標に掲げていた。この点は、モンゴルと、インドなど他のアジアの諸民族との根本的な違いである。

 従って、モンゴル民族にとって、独立するために打倒すべき「敵」としての対象がシナである以上、必然的に彼らは、シナ以外のあらゆる勢力と手を結んだ。ロシアであろうと、日本であろうと、シナからの解放を実現させるためには、西欧列強と友好的な関係を時には締結しなければならなかったのだ。「敵の敵は(ある時は)味方になりうるが、味方は(しばしば)敵でもある」というのが、モンゴルが歩んだ二〇世紀の複雑な歴史だったのである。

【次ページ】「ヤルタ協定」は、弱小民族の希望を葬り去った

チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史
楊海英・著

定価:本体1,850円+税 発売日:2014年11月13日

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