- 2011.04.20
- 書評
年金「二つの幻想」を打ち砕く
文:太田 啓之 (朝日新聞記者)
『いま、知らないと絶対損する 年金50問50答』 (太田啓之 著/三神万里子 解説イラスト)
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2011年、公的年金について大きな動きがあった。民主党の菅直人政権が、与謝野馨大臣を中心に「税と社会保障の一体改革」に取り組みはじめ、その中心に公的年金の改革を据えたのだ。その内容は、民主党がマニフェストの目玉として掲げ続けてきた「公的年金の抜本改革案」を放棄し、従来の仕組みを土台に改革をしていく、という衝撃的なものだった。
だが、私自身を含め、年金を長年ウォッチしてきた記者や研究者たちにとっては、今回の民主党の方針転換に何ら驚きはなかった。民主党案は当初から「絵に描いたモチ」であり、実現できる可能性はゼロに近いことは明らかだったからだ。
この10年間、年金は二つの「幻想」に取り憑かれ、信頼を失い続けてきた。ひとつは「年金の仕組みを抜本改革すれば、年金は今よりずっとよくなる」という希望への幻想。もうひとつは「いずれ年金は破綻する」という絶望への幻想だ。
「年金は破綻する」と人は簡単に口にする。しかし、年金の破綻とは、具体的にはどんな状況を意味しているのだろうか。仮に「高齢者が一切年金を受け取れなくなる」という意味だとすれば、大半の高齢者の生活は成り立たなくなり、飢え死にする人さえ出るだろう。現在の公的年金は「働けなくなった高齢者を扶養する」という、古今東西どんな社会にも備わっている基本的な機能を担っている。もしも年金が破綻してしまったとしたら、それは日本国家のみならず、日本の社会そのものの破綻を意味することになる。
さらに言えば、公的年金には2008年度末時点で172兆円もの積立金がある。仮に現役世代がまったく保険料を支払わなかったとしても、3年以上高齢者に年金を支払い続けられる額だ。東日本大震災の影響で、短期的には保険料収入や積立金の運用収入の減少は避けられないだろうが、それによって年金財政が揺らぐことはない、と断言できる。年金への不安の根本的な原因である少子化についても、出生率の上昇など改善の兆しがある。
そもそも公的年金は「破綻するか、しないか」という不毛な問題設定ではなく、「どうすれば安定的に持続させられるか」という観点から論じられるべきものなのだ。