2013.01.25 インタビュー・対談

末期がん患者 在宅緩和ケアのパイオニア

聞き手: 「本の話」編集部

『看取り先生の遺言 がんで安らかな最期を迎えるために』 (奥野修司 著)

末期がん患者 在宅緩和ケアのパイオニア

――『看取り先生の遺言』は、2012年9月にがんで亡くなられた、もともと肺がん専門外科医だった岡部健医師のがん末期医療に関する考えをまとめられたものです。その岡部医師とは、いったいどんな存在だったのでしょうか。

奥野 がんなどになったときに、どうせ死ぬのならば病院よりも在宅で死にたい、と考えている人たちが厚労省の調査で5割から6割いるといわれていました。ところが、岡部さんは自分が担当の患者さんを調べてみると在宅希望が九割いました。残りの1割も疼痛管理ができないので病院だったわけで、痛みのコントロールができれば在宅を望んでいたようです。家族に迷惑をかけるとか、突然痛くなったらどうするかなどの不安を抱えている人たちが病院でのケアを選ぶのであって、条件さえそろえばほぼ全員が自宅で看取られることを希望していると実感したようです。ならば、その人たちの希望を一人でも多く叶えたい、在宅で、しかも最も楽な死に方、自然死で看取ってあげたいと在宅看護ケアを実践した方です。

――在宅でしかも楽な死に方ですね。ところで、自然死とは具体的にどのような状態をいうのでしょうか。

奥野 自然死というのは、余計な治療をせずに無理なく死んでいくことです。ようするに何もしないことです。栄養摂取に関しても食べられなくなったら、食べない。受け付けなかったら水を摂取させない。最後に、よく、枯れるようにといいますが、植物が枯れるような状態で亡くなっていくことです。それが理想的な死に方で、在宅看護でこれをめざすのが、岡部さんが創設した爽秋会・岡部医院の方針です。実際には、やれそうでやれないことです。ほかの施設でも取材しましたが、医師とか看護師は何かしたいんです。変化があれば対処してしまいます。水分が不足してくれば摂らせてしまう。結果的にそれが患者を苦しめてしまいます。岡部医院では、新しく入ってきた医師や看護師に何もせずに見守らせます。医院の人たちに話をきくと、何もしない、というのがきつかったそうです。また家族にとっても精神的に厳しいことです。ですから、医師や患者さんとの信頼関係ができていないと、つい救急車を呼んでしまい本人が望まない病院に運ばれ、そこで死んでしまうことになります。岡部医師の凄いところは、こういう状況を何とかしなければいけないと思い、よくいわれているスピリチュアルケア、ソーシャルケアではなく宗教的ケアが必要なのではないかと考えたことです。患者本人だけでなく、家族に対してもです。医者には宗教的なケアはできません。いま一般に行われている心理療法士とかではなくて、宗教家が入って来なければいけないんだと、公共的立場の宗教家、「臨床宗教師」を養成する講座を2012年4月に東北大学に開きました。1期生は2013年3月に修了し、岡部医院で研修を重ねてから、世の中に出ていきます。2013年9月に仙台でスピリチュアルケアに関する国際学会が開かれ、臨床宗教師が取り上げられますので、そこで国際的にも認知されると思います。在宅緩和ケアの進むべき道の段取りをすっかりつけてから、岡部医師は亡くなりました。

――患者とその家族の精神的ケアが大事だというのはよくわかりましたが、医療に宗教が入り込むと下手をすれば要らぬ誤解を招くのではないでしょうか。

奥野 『文藝春秋SPECIAL』でがんのグリーフケアの取材をしたことがありますが、患者さん側に話を聞くと「お迎え」(死を前に先に亡くなった父母などが現れること)の話がかなり出てくるんですよ。ところが医師に訊くと、そんなものはないと、すぐ否定されます。医師としては宗教的な話とか「あの世」とかが出てくるのを否定したいのはわかるんですが、受け止めてあげないといけないと思います。医者が宗教の話、お迎えの話をしたのは岡部さんが初めてではないでしょうか。彼がなぜこういうことができたかというと、よく言っていたことですが、できることとできないことをわけなさい、ということです。人間の中には合理的に解釈できることとできないことがあります。医者は非合理的なことには関わることができない。とはいっても、それを否定してはいけませんが。

抗がん剤の功罪

――精神的ケアとともに、がん治療で問題にされる抗がん剤ですが、岡部医師は「バクチ」だと言っていますね。

奥野 例えば40年ほど前の肺がんの手術では治るかどうかではなくて、腫瘍を取れるかどうかで手術の可否を判断していました。現在の抗がん剤はそれと似た状態です。抗がん剤の使い方が少しずつわかってきた段階です。それがここ10年で抗がん剤が効くグループが出てきて、医療側も患者側も効くんだと受け止めてしまい、やたら投与してしまいます。やってみなければわからない、のにです。

――岡部医師が肝臓にがんが再発したとき、主治医が強い副作用のある抗がん剤の使用を薦めました。本人がこの薬を使ったら体がもたないと判断し、他の治療を選びますが、一般の患者はそういう判断はできません。

奥野 普通はその指定された薬を使うのですが、その時、主治医は岡部さんの体力を正確に把握していなかったんだと思います。つまり1人の医者が患者の全部を見られるといいのですが、なかなかそうはなっていないということです。抗がん剤治療で大事なのは、体力を消耗しますので、患者が副作用に耐えられるかどうかです。それは結局、患者本人にしかわからないことで、それを医者に言わなければならない。抗がん剤で治るという先入観を持っているとついつい受け入れてしまいます。取材で、この人が抗がん剤治療を受けるのは体力的にどう見てもダメではないかという現場に何度か出くわしています。抗がん剤を投与しているのに腫瘍マーカーが上がっていく場合は、絶対続けてはいけないはず。途中であっても即中止です。

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看取り先生の遺言

奥野修司・著

定価:1470円(税込) 発売日:2013年01月23日

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