2014年3月19日水曜日。この日の新聞・朝刊一面には、ロシアがクリミア編入を表明したことや、4月から引き上げられる消費税についての紹介記事などが載っている。
同じ日の私の日記帳を見ると、「15時半・歯医者」と一行あるだけ。
世の中の激しい動きに比して、私はこの日も、うかうかと、平平凡凡の、昨日の続きの普通の日を送っていた。この日、安西水丸さんが亡くなった。71歳。今の私の年齢である。
私が安西水丸ファンになったのは「前世紀」のことだから、かなり、「筋金入りの」である。でも、20年にもわたって「密かに」思い続けてきた安西さんとお目にかかってお話できたのは、私が担当していたNHK「その時歴史が動いた」の放送終了後のこと。安西さんが、その私の番組を好いてくださり、よく見てくださっていたことと、お互いが城好きであることを知った共通の友人の紹介によるものだった。
安西さんは挙措動作が極めて自然で、お目にかかった時も、お互い、話したい時がきたら話すといった、普通の、とても心地よい、「ラク」な時間の流れだった。
その日、「是非、また」と、言ってお別れしたのだが、再会できたのは、それから、一年ほどのちのこと。そして、それが最後になった。だから訃報を聞いた時、私は茫然とした。
安西さんは、イラストレーター、エッセイスト、漫画家、作家、絵本作家と、数々の肩書で呼ばれるが、マルチタレントにありがちな才気ばしったところがまるでない。一切の「力(りき)み」がない。多くのことに関心を持ち、それらについて卓越した知識をお持ちなのに、それらを「どうだあっ」と自慢げに話すお気持ちは欠片もない。その静かな佇まいに、私はすっかり参ってしまった。そういえば、この本の表題の「ちいさな城下町」は、まさに「安西さん」である。氏は大の城好きだから城ならなんでもいいのだが、本当を言うと、立派で大きな城より、何気ない「小さな城」の方がお好きなのだ。本書の最初のページに記されている次の文章に、安西さんの「城観」を見る。そしてそれはまさに「私の思い」でもあった。――「なまじっか復元された天守閣などない方がいい。わずかな石垣から漂(ただよ)う、敗者の美学のようなものがたまらない」と。
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