レビュー

『復活祭』解説

『復活祭』(馳星周 著)

文: 吉野 仁 (書評家)
『復活祭』(馳星周 著)

 これはリターンマッチである。

 本書『復活祭』で展開する物語は、馳星周が二〇〇三年に発表した『生誕祭』(文春文庫・上下)の続編として描かれている。

『生誕祭』は、地上げによる金儲けに奔走し、自らの王国を築こうとした者たちをめぐるクライム・ノヴェル。舞台になっているのは狂乱のバブル経済が絶頂期をむかえた八〇年代の東京だ。あの手この手で土地を買いたたき何倍もの値段で売りさばいたり、ライバルや敵対する連中を出し抜き破滅させようと企んだりするだけではなく、ときに身内や恋人さえも利用し、欺き、果ては切り捨てていく。目的のためには手段を問わない。状況次第で協力と裏切りは紙一重なのだ。そして膨れあがったバブルが破裂目前と噂されるなか、壮大な「ババ抜き」合戦が繰りひろげられる。自分だけは最後のジョーカーをつかむまいともがきつつ、みな地獄へと堕ちていくのだ。

 それから十年がすぎ、バブル経済は崩壊したものの、IT関連企業に高い株価がつくという異常な時代が訪れた。いちどはすべてを失って抜け殻のようになった連中が文字通り復活を遂げ、ITブームに乗じ、新たな経済ゲームを仕掛けていく。それが『復活祭』はじまりのストーリーだ。『生誕祭』における主要人物の大半が再登場している。

 あらためて『生誕祭』のおさらいをしておくと、主人公は堤彰洋。まだ二十一歳の若者だ。もともと六本木のディスコで黒服のバイトをしていたところ、幼馴染みの三浦麻美と出会い、彼女からMS不動産の社長である齋藤美千隆を紹介された。それから彰洋は美千隆のもとで働き始め、口八丁手八丁で地上げの仕事をこなしていく。求める土地を手放そうとしない相手には、家族の弱みをつくりだしてまで奪い取る。あるとき彰洋は、美千隆から波潟昌男を紹介された。地上げの神様と呼ばれる男だ。しかもこの波潟の愛人は三浦麻美だった。麻美は、大学で波潟の娘である早紀と知り合い、早紀の父親に取り入った。波潟はありあまる金を持っているからだ。

 かくして彰洋は、王国を築きたいという齋藤美千隆の野望のもとで大金を動かす快楽におぼれていく。そんな彼は、熱心なクリスチャンだった祖父の形見である十字架のペンダントをつねに身につけていた。祖父の口癖は「嘘をついてはいかん。人を騙してはいかん。人の物を盗んではいかん」。神の教えだ。それら心に刻まれた戒めの言葉を彰洋はことごとく破っていく。バブルの最先端で生き抜くためには、甘っちょろい良心を捨て去らねばならない。だが億単位の金を動かす快感と同時に、大いなる背徳感が心の裏で彰洋を責めたてる。そんな日々が続き、心はむしばまれ、より大きな刺激や快楽を必要としていく。彰洋は、まるで悪魔に魂を売ったかのごとく悪の道を突き進むのだ。

 当然、その果てに待っているのは地獄の底にほかならない。『生誕祭』は、そうした二律背反なる思いに引き裂かれる人間の罪深い魂のゆくえを追っていた。

 では、それから十年後を描いた『復活祭』はどういう筋書きをもった物語なのか。

『復活祭』単行本刊行時のインタビューで馳星周は、次のように語っていた。「元々、続編は考えてなかったんだけど、『生誕祭』は自分の小説では珍しく主要な登場人物が死んでいないのもあって(笑)」。『生誕祭』で生き残った二十歳そこそこの男女が十年たってどのように成長したか、その姿を書きたかったという。なるほど、バブル崩壊ですべてを失った連中が、ふたたび成功の夢を求め、人生の第二ラウンドに挑みかかる話といえるだろう。もちろん舞台となっているのは、夜の世界であり、法からはずれた裏社会である。彰洋らは、あの手この手で株の売買による経済ゲームをしかけていく一方、かつて冷酷なまでに裏切られ捨てられた女たちの恨みによるたくらみで、彰洋もまた欺かれ、罠にかけられる。『生誕祭』の単なる繰り返しでは終わらない。

 なにより今回より強く打ち出されているのは女性たちの存在だ。クラブ〈エスペランサ〉の雇われママである麻美と、故・波潟昌男の娘である早紀が物語の鍵をにぎっていくとともに、西麻布のバー〈TOKYO CALLING〉の天宮恵が彰洋の恋人として登場する。前作は、堤彰洋、齋藤美千隆、三浦麻美のトライアングルを中心としたクライム・ノヴェルだったが、本作は欲望と復讐にとりつかれた男女の群像劇といったほうがふさわしいだろう。なかでも目をひくのは波潟早紀の変貌ぶりである。『生誕祭』ではブランド品に身をつつんだ金持ちのお嬢さんでしかなかったが、今回は、復讐の女神として彰洋らを破滅させるべく精力的に動き回る。

復活祭馳 星周

定価:本体900円+税発売日:2017年06月08日

// JavaScript Document