2018.04.19 別冊文藝春秋

『あじゃりあじゃらか』藤沢周――立ち読み

文: 藤沢 周

電子版19号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

 梅の花が咲いているのに気づいたのは、一昨日の夕刻のことでした。

 まだ二月の中旬でありますから、六時過ぎともなれば外は暗くなります。簡単な集計を終えて一日分の拝観料を寺務所に預けに行き、洞灯院に戻ろうとふと庭の闇を見やれば――。

 点々と白いアラレ菓子のようなものが漆黒の中にひそかに浮いているのです。最初、目の錯覚か、寺務所の明かりの残像かと思っておりましたが、そうか、月に照らされた梅の花だと気づきました。

 ちょうど東の黒い山の稜線に月が出た頃で、その光をひっそりと含んで、梅花は闇にほの白く小さな吐息を漏らしているかのようでした。

「……もうそんな、季節か……」

 と、寒さが一段と厳しい夜気に首をすくめながら呟いたのですが、不思議なもので梅の花と気づくと、可憐な花が控え目に放つ香りさえ感じられる気持ちになるのです。

 昔日の人はうまいことを言ったもので、「梅花帯月一枝新」という素敵なフレーズを、京都の真言宗の私立大学に通っていた時に、授業で聞いたことがあります。

 暗がりの中、月光にかすかに照らされた梅花のほころび一つ二つを認めて、闇に隠れた枝や冷えた空気や、いえ、そこに広がる闇自体が見るたびに新しくなる。

 そんな意味でしょうか。「華開世界起」という禅の言葉とも通じるように思われますが、まるでその瞬間に新しい風景が開けたようでもあります。闇の中に梅の花が咲いているのに気づくのと、気づかないのとでは、まったく生きている層が違うようにも感じるのです。

 夜に見る梅の花もいいものですが、やはり、日中、一つ二つ、おや、三つ、四つ、と小さな可愛らしい花がほころんでいるのを見るのは、より風情があるものだと思います。

 春の兆し……。

 まして、他の木々はまだ冬枯れしたままで、繊細な枯枝の先を空の寒さに凝らせて黒い脈を描いております。梅の節くれだった枝や奇怪なほど曲がった幹も凍えたままなのに、形も大きさも違う白い泡のような花だけは、すでに春なのです。その点々とした小さな花が、逆に刃のように澄んだ清廉な早春の気をさらに引き締めもし、二つの季節を感じさせてくれるのです。

 いえいえ、こんなことを申しておりましても、私は侘び寂びだの、花鳥風月だのという数寄者の趣などとは縁遠い、無粋な男です。

別冊文藝春秋からうまれた本



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