一時期は結婚せず尼僧になって志乃に仕えたいと考えていたおきしに、縁談が持ち上がる。相手は父と同業の薬種問屋の惣領息子で、幼馴染みでもある久五郎だった。だが久五郎は、まだ息のあるうちに手足を縛られ、屍体を使った刀の試し切りと同じように胴を真一文字に斬られるという残酷な方法で殺され、おきしは衝撃を受ける。仁八郎たちは殺しの手口から、屍体で刀の試し切りを行っている志乃の隣人・山田淺右衛門を思い浮かべるが、犯人の腕前はさほどではなく、すぐに淺右衛門を容疑者から外した。
その直後、赤坂の岡場所で、女郎が乱心し客を滅多刺しにして殺害した。見世の主は、町人風の被害者は武士と連れ立って来た一見の客で、武士はもともと馴染みだった犯人を被害者に譲り、自分は別の女郎を敵娼(あいかた)にするも先に帰ったと証言する。犯人は板頭(岡場所の見世で最上位の女郎で、一ヶ月の揚代が最も多い女郎の名札が首位に掲げられたことに由来)を張ったほどの売れっ子だったが、最近はおかしな言動をしたり、体調が悪かったりする日も増えていたらしい。ただ、馴染みの武士が来た日は機嫌がよかったようだが、なぜか武士は女郎を被害者にあてがったことも分かってくる。
後半になると、無関係に思えた事件が意外な形でリンクし、これに志乃の過去の因縁もからんでくるので、複雑な筋立ては良質な世話物狂言のような面白さがあり、ラストにはささやかな希望も描かれているので、読後感は悪くない。
高齢化が進んだ日本では、どのように老い、死んでいくかが盛んに議論されるようになっている。物に執着しないが、仁八郎の話を聞けば謎解きをしてしまい、自分が苦労したがゆえに若い娘のためなら奔走することで美しく老いている志乃は、理想の老後を考えるヒントも与えてくれるのである。
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