作品紹介

【殺した敵(25人)より、粛清した味方(40人)の方が多い!】

江戸の農民出身である近藤勇、土方歳三、沖田総司らは、京都で剛剣を振るい、最期まで武士らしく散っていった――それが一般的な新撰組の「正の歴史」だろう。
だがしかし、新選組のヒーローであるはずの土方歳三と近藤勇が、“局中法度”の名の下に、大量の味方を惨殺していたことはあまり知られていない。
総勢約520人の隊士のうち、40人が粛清・暗殺で命を落としたとされる。芹沢鴨、新見錦(以上局長)、山南敬助(副長)、伊東甲子太郎(参謀)、藤堂平助(隊長)、武田観柳斎(軍師・隊長)ら幹部クラスも犠牲になっているのだ。池田屋事件を含む、京都市中警備という正式な隊務で殺害した敵が25名なのだから、その多さには戦慄が走る。
なかでも有名な粛清は、①芹沢、②山南、③伊東グループの御陵衛士粛清事件「油小路の変」だろう。
幕府に顔が利いた新選組の始祖・芹沢一派を殲滅して「近藤・土方政権」が確立するや、今度は組織のブレーンであり、江戸道場時代からの仲間であった山南を切腹に追い込む。そして次の大粛清は、近藤が組織拡大のため三顧の礼で迎えた伊東一派だ。尊皇(伊東)vs佐幕(近藤)思想観の対立化が表面だつと、今度は再びナンバー2を脱退させ、江戸の道場時代からの仲間(藤堂平助)もろとも惨殺する――。
ならず者集団を統率するとは言え、組織に反する者は幹部でも殺す。殺された彼らは本当にただの〝悪者〟だったのか?
粛清された〝敗者〟の視点から、組織が抱える暗部をえぐり出す、全く新しい新選組論!

書評・インタビュー

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担当編集者より
芹沢鴨、伊東甲子太郎には、大幹部であったにも関わらず、常に「悪者」のイメージがつきまといます。近藤・土方を主人公に描けば仕方のないことですが、果たして本当に「近藤グループ」だけがヒーローだったのでしょうか? 敵より同志を多く殺した――その事実から見えてくるのは、凄惨な粛清の歴史です。幕末史の敗者である新選組の、さらにその敗者となった40人、特に芹沢、山南、伊東らの足跡を、彼らの視点から丁寧に紐解きます。そこから仄見える組織というものの普遍的な暗部を捉えた、刺激に満ちた一冊です。
目次
■序 章 新選組は誰を殺したのか
新選組が殺した二十六人 / 死亡した十人 / 粛清された四十人
■第一章 芹沢鴨 破天荒な「巨魁隊長」
水戸浪士で過激な攘夷活動家から転じてきたという鴨。浪士組の立役者が近藤グループに暗殺された本当の理由とは?
■第二章 山南敬助 謎多き「脱走」の真実
時代の移り変わりとともに目立ちはじめる、尊王か敬幕というスタンスの違い。試衛館時代からの古株で、ナンバー2の位置にいた敬助が隊を抜け出した理由と、切腹の真意を探る
■第三章 伊東甲子太郎 「策士」は策におぼれたのか
「新選組乗っ取り計画」はウソだった――! 実はいたって真面目な活動の様子が伝わる甲子太郎。薩長同盟で揺れ動く幕末に「御陵衛士」は何をしていたのか? そして最大の粛清・油小路の変から、ついに粛清されたものたちの逆襲が始まる
■第四章 近藤勇 粛清の「復讐」に散る――
御陵衛士残党に武士生命を奪われ、最期は斬首に追い込まれた近藤。新選組の〝勝者〟は、粛清したかつての仲間によって〝敗者〝となる
■終章 土方歳三 新選組の「一分」
組織としての新選組は終わった。それでも己と時代に抗い続けた武士たちは何を思ったのか
■年表 新選組と粛清の歴史
重要事件と「粛清した味方」「殺した敵」「死亡した隊士」が一目で分かる

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