八面六臂の活躍を見せる鹿島教授の新作は小説。もともと文芸誌『文學界』に2009年から12年まで連載されたものである。
といっても、登場人物はバルザック、サン=シモン主義者アンファンタン、シャルル・フーリエなど鹿島作品の読者ならおなじみの人物ばかりだし、登場人物の口を借りてお得意のドーダ理論やセックス観が語られるのだから、臆するところは少しもない。おまけにルイ・レボーの小説の登場人物ジェローム・パチュロとマルヴィナだの、バルザックの登場人物サン=レアル侯爵夫人だのまで入り乱れて、モンフォーコンに実在した石切場跡地で、ユゴー『レ・ミゼラブル』さながら、地下世界の冒険をくり広げる趣向。そういえば、ジャヴェールやジョンドレットも登場する。このあたりの登場人物も愛読者なら先刻承知で、さながら鹿島ワールド全開といったところ。
物語前半の狂言回しのひとりパラン=デュシャトレは、下水道と売春をはじめとするパリのアンダーグラウンドを統計的にばかりか実地に観測し、その調査成果が数々の都市作家たちに霊感を与えた実在の公衆衛生学者で、舞台装置の説明役としてこれほどふさわしい人物もいない。1831年10月5日から32年5月21日までという時代設定は意味深長で、1830年の7月革命によって始まったルイ=フィリップによるあらたな王政が最初のほころびを見せ、1832年4月頃にパリで猖獗を極めたコレラと、同年6月にパリで起こる大規模暴動の予兆によって社会全体がなにか不穏な空気に覆われた時期であるが、同時に、行政機構の整備が進み、やがて暴動を完膚なきまでに鎮圧する秩序維持勢力が着々と地歩を固めつつある時期でもあった。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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