昭和六十三年から平成三年頃まで、銀行に大量採用された世代をバブル入行組という。その当時、銀行不倒神話は健在。政府の保護下にあるはずの銀行が潰れるなんて誰も予想しなかった。
それから十余年。バブル崩壊で不良債権を抱え、弱体化した銀行は合併をくり返し、またあるものは破綻し、いまの四大メガバンク体制へと集約されていったのである。
この間、銀行はまさに冬の時代だった。そこで働く銀行員にしてもそれは同じで、合併によるポスト減、昇給の凍結、さらにボーナスカットの追い打ちで、入行当時当たり前だった“三十代前半で年収一千万円”が遠くかすんだ。
私が銀行をやめたのは平成七年だが、「なんでやめる。莫迦だな」と笑われたのは当時だけ。いまや「先見の明があった」と褒められる始末だ。先見の明があれば作家になどなるはずはなく、単に銀行が自滅しただけのことだ。
さて先日、その銀行時代の友人Fから電話をもらい、渋谷で飲んだ。Fと私は同窓同期で、同じ「拘束」のグループにいた頃からの知り合いである。「拘束」がどういうものかは、『オレたちバブル入行組』に書いたので割愛するが、久しぶりにあったFは、人を食った態度といい笑いのツボといい、以前と変わらぬ様子に見えた。
しかし、二杯目のジョッキを傾ける頃になって、私は自分の早合点に気づかされることになる。気の毒に、Fは体調を崩してしばらく銀行を休んでいたというのだ。
「もう治ったから心配すんな。大したことはなかったんだ」
私の心配をそんな風に受け流したFは、ふと真顔になって「実はお前に話したいことがあってさ」と膝を詰めた。
だが、そのとき聞いたFの話に、正直私は、どう反応していいかわからなかった。
Fは、脳に直接、人事部から指令が送られてくるといったのだ。
人間の脳は思考するとき微弱な電波を発する。その電波を受信すれば思考を把握でき、逆に送信すれば相手の脳裏に直接、声を届けることもできる。これがIT時代を先取りした人事システムであり、オレは行内に数人だけ極秘に選ばれた実験材料になっている、と彼はいった。
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