2014.05.15 インタビュー・対談

「歴史上の人物」にはない視点が物語に豊かな客観性をもたらす

聞き手: 「本の話」編集部

『三国志外伝』 (宮城谷昌光 著)

「歴史上の人物」にはない視点が物語に豊かな客観性をもたらす

――『三国志外伝』は、昨年12巻で完結した『三国志』と並行して2007年から2013年まで書かれ、合計で12人の評伝が収められています。『三国志』と並行して『外伝』を書かれた背景を教えてください。

宮城谷 歴史を書くことは、どうしても政権の中心や主流にいる人を描くことになりがちです。でもそれはどちらかといえば政治学上の問題で、文学の側からでは、主流から外れたところに生きる人と思想にこそ関心を寄せるべきなのです。そういうところに目を向けるのが文学者の癖であって、「歴史上の人物」ばかりを見ているわけではありません。『三国志』も同じで、12巻を書いているあいだに、主流から外れている人たちの面白さを感じるようになりました。でも物語の流れを滞らせてしまいますから、作中で彼らひとりひとりを長く細かく書くことはできません。

 いつかは彼らのことを書こうと考えていて、まず『三国志』単行本の付録から『外伝』を出発させました。心の中で棚上げした人物たちをここで棚からおろして、あらためて向き合うことにしたのです。

――その後『外伝』は「オール讀物」誌での連載が開始されましたね。『外伝』では、歴史の主流にいない人々が語る「主流にいる人々」の姿がとても印象的です。例えば王粲(おうさん)は劉備を「信用できぬ人物」と断じ、残忍といわれる曹操を「人傑」と評します。一方で許靖(きょせい)は曹操を「宦官の孫」と蔑みますが、仕えた劉備からは「何という醜態か」と叱責され冷遇されそうになります。様々な人間が語る『三国志』の主要人物の姿がとても新鮮でした。

宮城谷 歴史の中心部にいる人間を書きながら客観性を保つことは、実はたいそう難しい作業です。『三国志演義』は劉備や関羽、張飛などにおもいいれが強く、偏見に満ちてしまい、歴史小説としては形が悪い。でもその偏りがあっても、登場人物の思想的な情熱や感情が相まった迫力があって、読者がそれを真実と錯覚しかねない凄みがあることも事実です。

 私は曹操や劉備、そして諸葛亮(孔明)にしても、偏見を排して、もっと客観的に見たほうがこの世界の豊かさと面白さを感じられると考えていました。だから『三国志』を書くことには偏見を是正するという意味もあったのです。でも実際に物語を書き進めると、偏見を是正しきれていないと感じるところがどうしても出てくる。そんな時は並行して書いている『外伝』に「主流にいない人物の視点」をすえて、自分でバランスを取ったところがありました。こういうことはあまりしたことがないので、『三国志』と『外伝』を並行して書くことはとても面白いことでした。

【次ページ】諸葛亮に処罰された陳寿の父親

三国志外伝
宮城谷昌光・著

定価:1,650円+税 発売日:2014年05月16日

詳しい内容はこちら   特設サイトはこちら