2003.12.20 書評

本当は面白い最高の古典『論語』

文: 呉 智英 (評論家)

『現代人の論語』 (呉智英 著)

 私は論語を愛読してきた。論語を講読する私塾も主宰してきた。この度、『現代人の論語』も上梓した。

 同じような人は他にも多い。私塾までやるもの好きはそういないだろうが、論語の通釈書は本屋の棚に常時何種類も見るし、愛読書に論語を挙げる人は珍しくない。

 しかし、私の論語に対する考えは、そういう人とはかなりちがう。論語を愛読する世の多くの人たちは、論語には「いいこと」が書いてあると思っている。「いいこと」が書いてあるからいい本だと思っている。しかし、私はそうは思わない。論語は「いいこと」が書いてないからいい本なのではないか。

 若い頃、人生がよくわかった風の小父さん小母さんから、「いいこと」が書いてある本を薦められることが何度かあった。学生時代には、アルバイト先の親切な上司から、これを読んでみなさい、「いいこと」が書いてあるから、と、誰だかが書いた人生論の本をもらった。もちろんすぐに捨てて、アルバイト先を替えた。二十代後半には、図書館へ行く電車の中で、隣席の善良そうな中年婦人に、本がお好きなのね、と、声をかけられた。この本も読んでみて、「いいこと」が書いてあるわよ、と、新興宗教の教祖様の訓話集を渡された。彼女と隣席だったのが、座席を代われない飛行機ではなく西武線の電車であったことに、私は神の御加護を感じた。私は下落合駅まで行かず、中井駅で降りた。

 中学の時、何を思ったか、聖書を買った。日曜学校へ通う美しい女子生徒が、「いいこと」が書いてあるのよ、と言っていたからかもしれない。しかし、読んでみると、聖書には「いいこと」は書いてなかった。隣人愛を説くイエスが、神殿で鳩を売っている人をぶちのめすし、自分は親と子を仲たがいさせるために来たのだと話す。あげく、十字架にかけられると、神よ、神よ、なぜ私を見捨てたのか、と叫ぶ。全然「いいこと」なんか書いてないじゃないか。私は感動し、以後、聖書もくり返し読んでいる。

 論語にも「いいこと」は書かれていない。どんな風にか。

 例えば、陽貨(ようか)篇にこんな話がある。

「子 曰 (のたまわ)く、飽食終日(しゅうじつ)、心を用うる所なし、難(かた)いかな」

 先生(孔子)が弟子たちにおっしゃる。一日中、食っちゃ寝。精神を働かせるということがない。度(ど)し難いことだな。

【次ページ】

現代人の論語
呉智英・著

定価:本体505円+税 発売日:2006年11月10日

詳しい内容はこちら



こちらもおすすめ
書評リーダーの要諦は「思いやり」と「言行一致」 『論語』に学ぶビジネスの極意(2014.10.13)
書評「若者の愚行」を貫いた調査が、気づかれざる日本を描き出す(2013.08.14)
インタビュー・対談損をして得を取った渋沢栄一に学ぶ(2011.01.20)
書評「戦う経営者」の最強リーダー論(2010.04.20)