- 2014.09.26
- 書評
この短編集のノスタルジックで高雅な世界は、すでに滅びてしまった世界で亡霊たちが演じる虚構なのか?
文:中条 省平 (学習院大学フランス語圏文化学科教授)
『繁栄の昭和』 (筒井康隆 著)
ジャンル :
#小説
『壊れかた指南』以来、筒井康隆のなんと8年ぶりの短編集です。この9月で80歳になるといえば、あの永遠の青年のようなイメージの筒井康隆が、とちょっと驚きを誘われますが、本書『繁栄の昭和』に集められた10の短編は、いずれもリーダビリティ抜群の娯楽小説で、一時期、前衛的な実験小説で読者の度肝を抜いた作家とはかなり違った、骨の髄までエンターテイナーの筒井康隆を楽しむことができます。
冒頭に並ぶ3編はミステリー風味という共通性があります。
「繁栄の昭和」は、タイトルどおり、昭和40年代ごろ、東京の明治通りぞいにある大正モダニズム様式のビルで起こったある狙撃殺人事件を題材にしているのですが、こう紹介しながらすでに書いたように、昭和と明治と大正が奇妙に混淆する時空間がいつのまにかそこに現れ、怪奇幻想・猟奇耽美の探偵小説やら、陸軍中枢部のスキャンダルやら、侏儒やら、黒いマントを羽織る天才魔術師やら、謎の手紙やらが入り乱れて、ふと江戸川乱歩を連想させるような異界が、深く、静かに開かれていきます。
そう、つづく「大盗庶幾」は大正時代に活躍した怪盗の半生を語る短編ですが、これがまた江戸川乱歩の小説外伝ともいうべき話に発展していくのです。また、谷崎潤一郎の初期小説を髣髴させる官能的な猟奇の世界も紡ぎだされたりして、楽しく、怖く、懐かしい作品に仕上がっています。今から半世紀以上も前に乱歩の推輓でデビューした筒井康隆は、この短編を乱歩への遠いオマージュとしたのかもしれません。
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