2014.12.24 特集

すれすれとぎりぎり
赤瀬川さんや新解さんのこと(後編)

文: 鈴木 眞紀子 (「新明解国語辞典の謎」(「文藝春秋」連載)担当編集者・新解さん友の会会長)

『新解さんの謎』 (赤瀬川原平 著)

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 赤瀬川さんの魅力、楽しさ、面白さは、不謹慎ぎりぎり、不真面目すれすれの真剣さではないかと思います。一番いい例が、一番新しいことなのですが、赤瀬川さんの最後のご本は『「墓活」論』(PHP研究所)です。奥付を見ると二〇一二年三月十九日発行になっている。本の帯には「逝くまえに、入るお墓をつくりたい」と、ある。

 

墓活
墓地や墓石の選定から購入、墓参りにいたるまで、誰もが入ることになるお墓をめぐる諸活動。©赤瀬川原平

 と、本のカバーにある。

 このご本をいただいた時、

「逝くまえって、これ、ご病気なのにいいの?」

 と思いましたし、

「え、大丈夫なの?」

 とも思いました。ご本人が胃がんで全摘なさって、その後体調も万全ではない中、逃げも隠れもしないで、ずどんと墓活の本ですか。そう来ましたか。ちょっとびっくりした。そして、神はかっこいいからな、と思いました。

『「墓活」論』(PHP研究所)

 赤瀬川さんが亡くなって、いろいろな新聞で赤瀬川さんの記事を見ました。一番最後の本、最新刊『「墓活」論』のことは、どこも書いていなかった。うーん、普通はそうですよ。縁起でもないというか、失礼に当るというか、ちょっと遠慮する。わたしはまだ新聞広告は見ていないのですが、PHP研究所は「追悼 赤瀬川原平さん 最後の本は『「墓活」論』です!」と大々的に宣伝するのだろうか。したらすごいな。芸術活動ですね、これは。記念にライカで撮影したい。あ、ライカ、持っていないですけれど、でもそういう気持ちは用意しています。

 町田市民文学館ことばらんどでは、「尾辻克彦×赤瀬川原平 文学と美術の多面体」展が十月十八日から十二月二十一日まで、千葉市美術館では、十月二十八日から十二月二十三日まで「赤瀬川原平の芸術原論 1960年代から現在まで」という展覧会がありました。赤瀬川さんが十月二十六日に亡くなり、この二つの展覧会は、まるで「赤瀬川原平説明展」のように、きれいに残された。こういうのって、「はからずも」なのでしょうが、人間業とは到底思えない。

「神ですか?」

「神ですよ」

 本当にそう思います。

 赤瀬川さんは、神だけれどお釈迦様にもよく似ている。お釈迦様には、たくさんの立派な弟子がいて、赤瀬川さんには弟子ではないけれど、たくさんの仲間、赤瀬川さんを好きで大切に思っていた人たちがいたのではないでしょうか。赤瀬川さんが歩くと、きらきらした筋が、いくつもきれいに光る。美學校の筋、路上観察学会の筋、宮武外骨の筋、ライカ同盟の筋、中古カメラの筋、ロイヤル天文同好会の筋、日本美術応援団の筋。赤瀬川さんの後ろには、他にもたくさんの筋がある。わたしは「仏涅槃図」を思う。お釈迦様がお亡くなりになり、たくさんの人たちが悲しんでいる絵だ。そうです、赤瀬川さんが亡くなって、たくさんの人たちが悲しんでいます。

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新解さんの謎
赤瀬川原平・著

定価:本体550円+税 発売日:1999年04月09日

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