
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問答無用の
21世紀最強ミステリクリスマス・プレゼント
翻訳ミステリーひと筋の編集者が断言する
傑作短編集収録作品16編、すべてドンデン返し入り。嘘じゃないです。ミステリ短編集にもいろいろありますが、ここまで潔くサプライズに振り切ったものなど本格推理の黄金時代を含めても前例なし。全リソースをドンデン返しのために割き、あらゆる技巧を凝らす。名作長編『ボーン・コレクター』『ウォッチメイカー』で発揮された騙しの才能は、短編に注入されることで瞬発力UP、体感驚愕度も大幅UP。私の中ではクリスチアナ・ブランド『招かれざる客たちのビュッフェ』と並ぶ史上最強のミステリ短編集、つまりは21世紀最強のミステリ短編集。異論は認めません。
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担当編集者が断言、
「青春小説といえば絶対これ」武士道シックスティーン
カッコよくて愛おしい
著者初の青春エンターテイメント『ストロベリーナイト』や『ジウ』で警察小説の新たな書き手として注目を浴びていた誉田哲也さんに、最初にご提案いただいたのが剣道をする女の子の話でした。
剣道の大会の休憩時間に、中学生の女の子が胴と垂れをつけたままアイスを買いに行く姿に凛々しさと可愛らしさを覚えた誉田さん。また当時見ていた「仮面ライダー」では敵の怪人にも人間の姿があり、当然ライダーと怪人は戦うけれど、人間の時は互いの正体を知らずに二人の間に友情が芽生えていくという内容で、それを小説に生かせないかと考えられたそう。そこから、剣道の面をつけた女の子たち、「剛」の香織 と 「柔」の早苗 が生まれました。
お原稿をいただいた時は 本当に面白くて時間を忘れて一気読み!竹刀を交える女子のカッコよさと美しさ。挫折や苦悩を知って成長する姿の愛おしさ。こんなに最高の青春があるなんて! 彼女たちは必ずみんなに愛される。多くの人に知ってほしい!届けたい!と強く思いました。 -
担当編集者が取材で
見た迫力満点の場面ナイルパーチの女子会
読者の心に食らいつく、
獰猛すぎる「女友達」小説「柚木さんはこの魚についてとても詳細に取材をしていました。食性や来歴、日本で食用として売られるまでの流通に関しても…」
担当編集者のSさんはそう語った。取材をしていく中で分かってきたのは、ナイルパーチの恐ろしくも哀しい生態。「実際に金魚を捕食するところを見たんですけど、すごい迫力でした。この魚は一度棲みつくと、他の魚を食べて生態系までも壊して、自分の環境も悪化させてしまうことがある……ただ、それは人間が環境を変えたせいで、魚自体には何の罪もないのです」
大手商社の第一線で活躍する栄利子と、独自の文才で人気を博す主婦ブロガーの翔子。一度は意気投合するものの、些細な価値観の違いをきっかけに二人は決裂する。生きてきた環境が苛烈な分、両者の無自覚な攻撃性に容赦がなく、それが怖くもあり切ない。
一度ヒビが入ったら修復が難しいーー大人になってからの「女友達」の意外な脆さを味わえる、ダークで唯一無二な小説だ。 -
圧倒的に無意味で
国宝級に面白い時をかけるゆとり
ゆとりでもゆとりじゃなくもて、
まじサイコー!!読み手の痛点を容赦なく突いてくる、怖いほどにえぐる小説を書く朝井リョウさん。
ところが、ところがですよ!
「10代で大きな文学賞を受賞した優等生作家のうまいことまとめたエッセイ」
なんて思ったらとんでもない大間違い。
だって、うそみたいに、うっかり、思わず、吹き出してしまう面白さ。
失敗談多すぎ!無謀すぎ!全体的におかしすぎ!
何も考えずに読んでほしい。
大学生を目指す人でも、青春時代まっさかりの人でも、学生時代から遠く離れた人でも、
最高に笑えて愛おしくて、何度でも読み返したい1冊なのです。 -
著者最大の
ターニングポイント!秘密
ジャンル分け不可能な
不朽の名作!東野圭吾さんに最初に聞かされたアイディアが、「事故に遭った妻の心が娘の身体に宿ってしまった男の話」でした。「ぜひそれでいきましょう!」と即答したところ、「えっ、本当にいいんですか? このアイディアを話すとどの社も『そういうファンタジー系は東野さんじゃないでしょう』と言われるんですけどね」「いや、私はその話が読みたいです」数回に分けて原稿が送られてくるたびに、「いったいこの二人はどうなってしまうのか?」とハラハラしました。前半はコメディ要素が強かったのですが――終盤は切ない気持ちがどんどん膨らんでいき、号泣するしかないラストが待っていました。
何十回も読んでいるのに、今回も読み返していたらまんまと引き込まれて、会社のある駅を乗り過ごしてしまいました。ミステリー、ファンタジー、家族小説――ジャンル分けすることに意味がないほど、どの分野においてもマイルストーンであり、ベストセラー作家東野圭吾さんの大ブレイクのきっかけとなった、色褪せない傑作です。 -
担当編集者が依頼
された調査とは?テミスの剣
「ドンデン返しの帝王」が挑む
「冤罪と司法」「別冊文藝春秋」での『テミスの剣』連載時、印刷所の入稿リミットが刻一刻と迫り、不安になった私が進捗状況をうかがうと、「では、書きます!」。
影も形もなかった原稿が、数時間後には完成して送られてくるんですね。なぜこんなに早く? と驚く私に、七里さんはポツリと、「頭の中にある文章をキーボードで打っていくだけですから」。
連載をスタートする段階で、すでに「脳裏では最後の一行まで書き終えている」そうなんです。ということで「待つだけ」の担当者だったわけですが、たった一つ、連載中に七里さんから頼まれたことがあります。
「“血痕”〟について“あること”が可能かどうか調べてほしい」
ツテを辿り、某科捜研関係者に取材。「こうすればできます」と七里さんに報告した“あること”が何であったかは、実際に本書のページをめくって、大いにびっくりしていただけたらと思います! -
辻村深月さん絶賛
「この小説は、とても強い。」田舎の紳士服店のモデルの妻
竜胆梨々子、30歳。
幸せな結婚と出産の「その後」を描いた物語容姿端麗な夫と、二人の子どもに囲まれて暮らす竜胆梨々子。そんな彼女が30歳にして直面した試練ーーそれは、夫のうつ病に伴う予期せぬ田舎暮らし。慣れない近所付き合いや、思い通りにならない家族との関係に、戸惑ったり、怒ったり、孤独を感じたり……。梨々子の感情の揺らぎと、彼女自身が少しずつ変化していく様子に引き込まれます。月日を経て「自分は何者でもない」ことに気づく梨々子の物語は、読んでいて切ないけれど、どこか包容力があって、温かい。読み終えた後は、自分や周囲の人を労りたくなるような、やさしい一作です。
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担当編集激推しの
直木賞受賞作風に舞いあがるビニールシート
大切な何かのために
懸命に生きる人たちの、6つの物語自らの信念や価値観を守って黙々と生きている人々を描く、そんなテーマのもとに描かれた小説です。資料をお渡しし、取材をご一緒していたので、何があがってくるかを知っているはずなのに、毎回本当に驚き、その面白さに衝撃を受けました。
登場人物が、いま、わたしの横に立っているかのように、その匂いも空気感も話している声も感じられるようにリアルなのです。普通に生きているわたしたちの日常の出来事が、こんなにドラマティックに鮮やかに描かれるなんて! どんなにわがままに振り回されても、痛い過去を突き付けられても、バカげたことだとわかっていても、くやしさもユーモアも悲しみもすべて、声高ではないのに揺るがない「負けない」という登場人物たちの強い想いとなって、自分の心に直接に伝わってくるのです。地道に生きるわたしたちを、温かく力強く支えてくれる、愛おしい一冊です。 -
担当編集者が
震えた一冊死体は語る
死体が語る、生きてる人間の「怖い話」
「上野先生は、 “死後も名医にかかるべし”と仰っていました。使命感の強い方で、後進を育てたいという熱意が伝わってくるんです」担当編集者の一人・Sはそう話す。
本作は、ただ猟奇的な事件を紹介するだけの一冊ではない。小さな違和感も見逃さない鋭い視点や、物言わぬ死体に真摯に向き合う姿勢......ベテラン監察医・上野先生の唯一無二のプロフェッショナルな仕事ぶりこそが、このロングセラーの読みどころ。とはいえ、「この世で一番怖いのは生きている人間なのでは 」......と背筋が寒くなるエピソードも忘れ難く、ふとした瞬間に思い出しては一人で震えています。 -
傑作誕生の秘話
初公開インシテミル
傑作ミステリは、いかにして誕生したか――
米澤さんと初めて会ったのは、二〇〇四年秋の鮎川哲也賞のパーティ。すでに『さよなら妖精』が話題になっていた米澤さんに、「ぜひ文春でも本を」とお願いすると、内ポケットから魔法のように紙をとり出して、
「じつは腹案があります」
その場で『インシテミル(仮)』と書かれたプロットを見せてくださったのでした。
打ち合わせをへて、実際に原稿が届いたのが二〇〇七年六月末。深夜の時間帯で、すでに会社を出て帰途にあった私は、携帯でメールの受信を知り、あわてて社に戻ってPCでファイルを開き――。あまりの面白さにプリントアウトも忘れ、PCのモニターで一〇〇〇枚の原稿を読み進めました。読み終えた時、すでに空は白み始めていました。
まだまだ語りたりない! 担当Iの熱い『インシテミル』考
ミステリとは「呪い」である。
このことを、実作をもってミステリファンの喉元につきつけたのは、世界で米澤穂信が初めてであった。
『インシテミル』は、閉鎖空間を舞台に「ミステリ者(=空気の読めないミステリ読み)の共同体」と「一般社会の論理」とが鋭く対立する構造をもっている。
探偵の推理は、彼が探偵であるがゆえに説得力をもつのではなく、論理的であるがゆえに説得力をもつのでもない。探偵が探偵として認められる(例外的な)「本格ミステリ空間」に存在している限りにおいて、限定的に承認されているにすぎない。
本格ミステリ空間が脅かされるとき、探偵はいかにして正当性をもちうるか。推理はいかにして人々を説得し、納得させうるか。
米澤穂信はこの問いを掲げ、『インシテミル』の登場人物さながら、一振りのナイフを手に、ミステリの荒野へと、独り、歩みを進めたのであった。 -
浅田次郎の超名作
これぞ日本文学の金字塔壬生義士伝上・下
原稿をいただくたび
涙で文字がにじんだ「壬生義士伝」の習作となる「去年の雪」を書いたのは、浅田次郎さんが27歳のとき。
若いころの浅田さんは、 大学進学をあきらめ自衛隊に入隊。除隊後はさまざまな仕事を経験。勤めていた会社が立て続けに倒産するという憂き目にも立ち会いました。すでに家族を持ち、失業することの恐ろしさを体験したのはちょうどこの頃です。そんな浅田さんの人生と吉村+貫一郎の姿が重なります。
浅田さんは、この一作をまさに命を削って書いていらっしゃいました。 当時「週刊文春」で連載の担当をしていた私は、美しい文字の原稿をファックスでいただく度に「守銭奴」とまわりに笑われながらも、「故郷に置いてきた家族にお金を送る」ために生きる吉村寛一郎の覚悟と生き方に胸が苦しくなるようでした。
大失業時代ともいえる幕末。固定された身分社会の中で、無念や絶望を抱えながら、理不尽な世に生きた人びとの、命の灯火がここにあります。そして人間は、敵を倒すために戦うのではなく、貧しさと戦うのだと気づかされるのです。
ラストに向けて加速度を上げて美しく切なく進む物語を受け取って「 今までこんなにも胸を打つ小説があっただろうか」と、当時も今も思っています。電車の中では読まない方がいいです。 -
青春の輝き200%!
どうしようもなく好きな1冊横道世之介
読んでいる間じゅう、好きがとまらない、
幸せがとまらないヒーローでもなく、ちょっとずうずうしくて、何気にいい奴で、空気が読めなくて、でも出会った人はみんな仲良くなってしまう。男にも女にも好かれる男。友達にしたい、彼氏にしたい、兄にしたい、弟にしたい、息子にしたい。一家にひとりいたら、世界は絶対平和になる。それが横道世之介。
文章だけで笑わせるというのは相当難易度が高いのに、それを軽々と、口笛なんて吹きながら書いている気配が吉田さんにある。もしかしたら吉田さんの日常には世之介が実際にいて、彼の話をふんふんと聞きながら描写しているのではないかとすら思う。
読んでいる間じゅうゲラゲラ笑って、微笑んで、泣く。何度読んでも、楽しくて笑ってまた泣く。そして読み終えたあとの幸福感といったら!!誰かに世之介のことを語りたくてしょうがなくなる。世之介が好きという気持ちがあふれて止まらなくなる、そんな幸せがつまったかけがえのない本なのだ。もう絶対に読んでほしい。 -
金か、信念か。
原点にして、代表作シャイロックの子供たち
まさか、ここで涙するとは。。。
担当編集者の推しポイントは「カツカレーです」!第九話「ヒーローの食卓」に出てくる、中辛のルーを二種混ぜて、揚げたての牛カツを載せるというやつで、東京第一銀行長原支店のエース・滝野の家のごちそうである。これがうまそうなんですよ。
本書は全十話なのでカツカレー登場は大詰め。『シャイロックの子供たち』という物語に込められてきた働く者たちのドラマのおかげで、このカレーは少し苦みもある深く複雑な味になって、僕たちの舌に沁みてくるのです。本書は池井戸潤さんが一貫して「自身の代表作」と公言してきた作品です。いわば「池井戸潤」の原点、ファンは必読の一冊なのです。
ただ一つ困るのは、これを読むと無性にカツカレーを食べたくなる上に、いざカツカレーを食べると泣いちゃうことなんですよね。 -
めっっっちゃあったかで
ほんま、おもろい戸村飯店 青春100連発
笑いと笑いと涙、これぞ著者の真髄‼
瀬尾まいこ度120%瀬尾さんは本当にとても面白い人で、通常の連絡メールでも会っていても、ツッコミは鋭いし、何かしらのボケが入る。一見そうは見えないけれど、ベースに「おもろい」があるのでこれは大阪人の血だなと思う。
この小説にはその瀬尾さんの血、「おもろい」がより強く濃く反映されている。大阪弁を生かしたセリフはもとより、どこかすっとぼけた兄弟の姿にニヤニヤしてしまうのだ。
兄弟の実家はラーメンに餃子にチャーハンという極めて庶民的で、常連客はもはやおいしいなんて言わず、おいしさ以上の当たり前のものがある大阪の中華料理店。
この物語にも面白い以上の当たり前のものがある。ヘイスケとコウスケをはじめ、誰をも照らすあたたかく優しいまなざし。離れていても、まだ見えなくても確かにある希望の光。
瀬尾さんの小説の中でもとくに笑って笑って、そして涙してしまう。
「ほんまおもろくて、すんません。ありがとう!」 -
しょんぼりしたときに読むと、元気になります!
銀の猫
直木賞作家の隠れた逸品
江戸の介護を描く絶品!時代小説初めてこの本を手に取った時、両親の介護のことを考えた。20年後か30年後か...今でさえうまく向き合えていないのに、将来はどうなるんだろう?
奇しくも自分と同い年のお咲は「介護は後ろ暗いものじゃない」と信じて、一筋縄ではいかない、自分のことなんて全くわかってくれない相手にも真正面からぶつかっていく。その姿を見ていると、不安が消えて励まされてしまった。人との向き合い方に悩むすべての人に読んでほしい本です。(営業担当N)
この小説に出てくる人は誰もが、ままならない現実に抵抗したり怒ったり、諦めたり飄々としていたりする。立派な武士として生きてきた人が、隠していた本当の自分に戻ったり、愛する息子のことがわからなくなったりもする。が、「介抱人」お咲の目を通して見ると 身勝手(に見える)な老人たち が生き生きとしてくるから不思議。
読み終えたとき、元気になっている自分を発見するのです。私は自分がしょんぼりした時に読み返しています。オススメです! (編集担当K) -
一生忘れられない爪痕を
残したマスターピース。グロテスク上・下
自分の中にも「彼女」はいる。
時代を越える桐野文学「光り輝く、夜のあたしを見てくれ」
このコピーを帯に使うことを、当時三十代だった編集の私は、同性としてためらった。有名大学を出たにもかかわらず、会社員としても娼婦としても三流扱いされた哀れな女性の言葉としては、あまりにも挑発的な気がしたのだ。でも確かに、卑屈な「あたしを見て」ではなく、自信に溢れた「あたしを見てくれ」でなくてはいけなかったのだ。
どんなに惨めに見えていても、幻想の中の彼女は、頭脳と肉体で金を稼ぎ、魅力的に光り輝いていた。和恵を含む四人の女性はみな怪物だった。美醜、貧富、学歴――多様な差別に囲まれて生きる「怪物」たちのどこかに、読者に共鳴する部分があったからこそ、『グロテスク』は決して忘れられない小説になったのだ。 -
平野作品のなかでも、ずば抜けて心を摑まれる一冊
マチネの終わりに
この世界にずっと浸っていたい――
それは、離れている相手を思い、幸福を願う気持ちに共鳴し、
普遍的な愛を感じるからだろう「マチネの終わりに」の新聞小説を始めるとき、平野さんが〈「ページをめくりたいけどめくりたくない、ずっとその世界に浸りきっていたい」小説というのを考えてきた〉と書かれていました。
まさに‼‼ こんなにも「読み終えたくない」気持ちになるとは――。
苦しさ、切なさ、愛しさが交じり合った感情に何度も襲われ、蒔野と洋子のすれ違いに悶々とし、早苗の言動に何度もツッコミを入れ、読み終わってしばらくは余韻にただただ浸り……そして誰かと無性に語り合いたくなる。
様々なテーマが折り重なる平野作品はいつも、実際のページ数以上の充足感と新しい読書体験を与えてくれる。なかでも「マチネ」はずば抜けて、心を摑まれる作品です。 -
担当編集者 驚愕!
「伊岡瞬は予言者なのか?」赤い砂
4人が連続で自殺する劇的な幕開け!
一匹狼の刑事・永瀬が謎に挑む――「こんな原稿があるんですが」伊岡さんがそう仰ったのは、2019年秋のことでした。聞けばデビュー前の2003年に書いた長編で、未発表のものがある、というのです。すぐに「ぜひ読ませてください」と言いました。そしてその年の大晦日、夕方から読み始めました。
まず冒頭から大きなショックを受け、感染症と警察小説を組み合わせた斬新なアイディアと巧みなストーリーテリングにまんまと引き込まれて夢中で読んでいるうちに、いつの間にか年が明けていました。そしてこう思ったのです。「伊岡瞬という作家は、デビュー前から完成されていたんだ」と。
その後、日本でも新型コロナの感染爆発が起きました。毎日そのニュースを見ながら、私は『赤い砂』のことを驚愕しつつ思い出していました。「伊岡さんという作家は予言者なのだろうか?」。本作を読んでいた私には、パンデミックは初めて見るニュースではなかったのです。
今回、そのことを懐かしく思い出しながら読み返しました。そして改めて思ったのです。「伊岡瞬はデビュー前に完成されていた」と。伊岡作品に特徴的な「残酷な現実」「簡単には来ない救い」「悪意に満ちた人間」がこれでもかと描かれ、胃がムカつくような感覚を覚えながらも読むのをやめられない、圧倒的リーダビリティと面白さ。いまだにこの作品が18年間も眠っていた不思議さと、世に送り出すことができた幸運を思います。 -
直木賞受賞へとつながる、
転機となった重要作空中庭園
家族全員、誰にも言えない秘密を抱えている。
この小説では運命の大恋愛も、凶悪な殺人事件も起こらない。南向き5階のベランダに色とりどりの花が飾られた京橋家は、何ごともつつみかくさぬ明るい家庭なのだから。
でも、高校生のマナはラブホテル「野猿」に男を誘い、長年の浮気相手にキレられたパパは「逃げてえ」とつぶやく。中学生のコウは学校をサボり、パートに出ているママの帰りも遅くなるばかり……。単行本編集当時の私は、それぞれの秘密を明かす角田さんの語り口の巧みさ、痛快さに魅せられていた。
100%、隠しごとのない家族なんて、たぶん、どこにもない。
それでもこのマンションの一室を守ろうなんて地味なこと、「愛がなくていったいどうしてできるんだよ?」。だめなパパのつぶやきが、あれから20年もの年齢を重ねた私の心にしみわたる。
「本気でむかついてるけど、誕生日って私一番大事だと思うから」あなたがこの世に生まれてくれてよかった、と角田さんは京橋家みんなの誕生日をそっと描きこむ。たとえそれが期待外れな、ちぐはぐな一日であってもいいじゃないか。家族をやっていくとは、こんな地味な努力のうえに成り立つ偉業なのだ、と。(担当T)