――日嗣の御子である若宮の正妻の座を争う姫君たちの物語『烏に単は似合わない』、同時期に若宮を巡る朝廷での壮絶な権力闘争を描いた『烏は主を選ばない』に続いて、本書『黄金の烏』は、ファン待望のシリーズ第3作目になります。
阿部 この物語の最初の場面と最後の場面は、長い間、私が書きたいと思っていたシーンでした。私は小説を書く時にまずいくつかの場面が思い浮かんで、その背景にはいったい何があるんだろうと考えていくうちにストーリーが出来上がることも多いんですが、逆に書いていてどうしてもそれをうまく入れられないこともあります。
もともとの構想では、前作の『烏は主を選ばない』で郷長の次男坊・雪哉が中央へ仕官する以前に、地方で若宮と知り合うという設定で、雪哉が兄弟たちの梅の実を洗っているところへ若宮がやってくる場面を書きたかったんですが、それだとストーリーに無理が生じる。最後に出てくる〈不知火〉の場面もずっと書きたかったのに入れられなかった。今回の『黄金の烏』でずっと書きたかったことが、ようやく書けたという感じがします。
――舞台になっているのはこれまでと同じく八咫烏たちの世界である〈山内〉ですが、前2作までのお話は宮中の場面がほとんどでした。3作目では地方から物語がはじまり、様々な異空間で物語が展開されていきます。
阿部 狭い宮廷内でのお話をいかに面白く見せるかにこれまで苦心してきたので、登場人物たちが縦横無尽に飛び回ってくれた方が、作者としては断然にやりやすい。また謎解きのためにキャラクターの設定をあえて伏せながら書いていたんですが、今回はそれらの枷が外れたこともあって、登場人物たちが本当にいい動きをしてくれました。特に若宮の兄である長束などは、ようやく彼の持っている本来の人間らしさが出てきたと思っています。
それから洞窟の場面が出てきますが、これは色んなファンタジー作品で書かれてきたものですよね。やはり奥に何があるのかまったく分からない暗闇というのは胸騒ぎがするものがあって、これもずっと書きたいと思っていたシーンなので、私自身もわくわくしながら書けました。