本書のキーパーソンは能島小金吾だ。本書『海狼伝』は、主人公笛太郎の周囲に、武術の達人麗花、南宋人の雷三郎、船大工の小矢太など、魅力的なわき役を配して、一気に読ませる傑作だが、そういう人物のなかでもっとも重要なのは、小金吾である。その能島小金吾が本書に初めて登場するシーンをまずは引く。
「広い額の下でややくぼんで見える小男の瞳は澄んでいて、いかにも賢げな印象だった。
笛太郎がおどろいたのは男が身にまとっている鎧である。これが水軍鎧と呼ばれる鎖かたびらの一種だとはあとで知ったが、それにしても“きらきら”しい。胸前の小札(こざね)の二列が黄金の小判をつづり合わせたものである。腰まわりを蔽う草摺りも正面の玉睾蔵(きんかくし)は同じ小判を並べてつづってある。それだけではなかった。小判以外の部分はぜんぶ銀銭や銅銭をつづり合わせたものなのだ。こんな鎧は見たこともない。いったいどういうつもりかと、笛太郎は呆れ顔で、全身銭まみれの小男をみつめた」
その姿から明らかなように、この男、かなり変わっている。村上海賊を率いる村上武吉が家族とともに住んでいる能島城の居候で、特に定まった役職はなく、村上武吉に命じられれば、ときには船奉行となったり、台所奉行になったりする。
「計数に明るく商才に長(た)けているので、もっぱら兵糧や武器弾薬の調達、造船用材の買付けなどに便利使いされていた。仕事のつど、いくばくかの報酬を貰うが、きまった収入は何もない」
つまりこの小男、村上海賊のために働きながらも村上武吉の家来ではない。こういう男に、本書の主人公笛太郎は引き取られるのだ。
「あれは変り者じゃ。船いくさも知らず、櫓をこぐこともできぬ。そのくせ銭勘定だけはふしぎにうまい。しかし出世はのぞめんぞ。御大将も重臣にとり立てるお気持はなく、客分と見ておられる。実家の木浦城でも兄弟とそりが合わず、厄介者らしい。とんだお人にお前たち仕えたものよ」
と言われる始末である。住む家もないので、能島小金吾と郎党二人(笛太郎と雷三郎)が自分たちで掘立小屋を作り上げ、完成すれば車座になって三人で酒を飲むから、こちらの関係も普通の主従ではない。
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