2014.12.05 書評

幻のデビュー作を収めた北重人の遺稿集

文: 池上 冬樹 (文芸評論家)

『花晒し』 (北重人 著)

 藤沢周平の後継者はいったい誰なのだろうと思うことがある。人間が生きていくうえでの苦しみや哀しみを見すえながら、それでも生きていく価値があることを、時代小説のなかで高らかにうたいあげる作家は誰なのか。

 おそらく一般的には『蜩ノ記』『川あかり』などで知られる葉室麟だろう。藤沢周平は故郷の庄内を舞台にした海坂藩ものを多数書いたが、葉室麟も九州の小藩を舞台にした小説で読者を魅了していて、ポスト藤沢周平の最右翼と目されているが、当の葉室麟は、あるところで次のようにこたえている。

「〈ポスト藤沢周平〉という言い方があって、中年から書き始めた時代小説家にあてはめられることがありますけど、僕はこの言葉にふさわしいのは、亡くなられた北重人さんだったと思っています。北さんは藤沢さんと同じ山形の出身ですし、北国の憂愁が作品にもよく表れている。僕は九州人で根のところで明るいし、率直ですが、しっとりした繊細さはないと思います」

 葉室麟にも“しっとりした繊細さ”はあると思うけれど、“北国の憂愁”と“しっとりした繊細”をあわせもつという点では確かに北重人だろう。実際デビュー長篇『夏の椿』の主人公立原周乃介の人物設定(妾腹の子、剣の達人、もめごと仲裁の仕事)などは、藤沢周平の『よろずや平四郎活人剣』の神名平四郎を想起させたし、庄内出身の優れた先達へのオマージュもあったのだろう。だがしかし、『夏の椿』ラストの火災場面の陶然たる美しさをあげるまでもなく、北重人の作品には官能をくすぐる色気や華やかさや艶やかな感情がある。葉室麟がいうように、時代小説の歴史を考えたときに北重人はポスト藤沢周平として捉えられ、藤沢ファンの渇きを癒すことは間違いないけれど、一読すればわかるが、北重人がもつ独特の叙情と憂愁、抑えられた風情と色気、人生の織りなす綾と深みのある優れた作品に魅せられるだろう。そしてもしも生きていたならば、どれほどの人気作家になったのかと思うはずだ。

 さて、北重人が亡くなったのは、二〇〇九年八月二十六日。享年六十一である。

 十年前の一九九九年、現代小説「超高層に懸かる月と、骨と」で第三十八回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、五年後、時代小説『天明、彦十店始末』が松本清張賞で落選するものの、選考委員大沢在昌と伊集院静の強い推薦で『夏の椿』として出版され、第二作『蒼火』で大藪春彦賞を受賞し、時代小説作家として人気を博す。その後『白疾風』『月芝居』(山本周五郎賞候補作)などの意欲作を発表したあと、胃癌が見つかるものの手術で乗り越え、作者の故郷である酒田を舞台にした『汐のなごり』で直木賞にノミネートされ、多くの読者をつかむ。自伝的な現代小説『鳥かごの詩』を発表したあと、癌が再発して、急逝。死後に小説誌に連載中だった『火の闇 飴売り三左事件帖』と『夜明けの橋』が刊行され、そして本書の親本『花晒し 北重人遺稿集』が二〇一二年四月に上梓された。

 本が出たときに、文芸評論家の縄田一男氏が新聞の時評で、“北重人、最後の一巻である”と書いて、次のように続けた。「文体は韻文に近くかつ透明。日々の暮らしの中で人々の頬を打つ、さまざまな浮き世の風を描いて比類なし。これが北重人という優れた作家の、正真正銘、今生の別れであると思うと、活字を追うにも切なくなる」(日本経済新聞二〇一二年四月十八日付け)。

 切なくなるのは、北重人のファンもそうで、一気に読めなくて、日をあけて読み進めたものである。

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花晒し
北重人・著

定価:本体620円+税 発売日:2014年11月07日

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