連載

『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

別冊文藝春秋 電子版15号

葉真中 顕
「別冊文藝春秋 電子版15号」(文藝春秋 編)

 暮れなずむ校舎。

 窓から射し込むオレンジ色の光。

 少女が一人、階段を降りる。歌を口ずさみながら――。


 うん、いいね。とてもいい。観ていて気持ちがいい。我ながら、ずっとずっとこのシーンを、観ていたいと思ってしまう。

 アニメーションの語源は、ラテン語の“霊魂(アニマ)”だという。命なきものに命を吹き込み動かす、という意味だ。っていうのは、まあ昔読んだ本の受け売りなのだけれど。

 とまれ、アニメーションの神髄が「動く」ということなのは、たぶん間違いない。

 森の奥にある全寮制の女子学園での平凡な一日。三十分、否、オープニングとエンディング、それにCMがあるから、実質的には二十分強の長さの本編の中で、大きな事件は何も起きない。主人公の少女リンカとクラスメイトたちが、学校で勉強し、寮に帰り、夜、眠るまでの様子を描写するだけだ。ヤマもなければオチもない。ただし、だからといって退屈ではない。いや、退屈になどさせない。

 私はこの二十分に、“絵が動いていることの心地よさ”をふんだんに詰め込んだつもりだ。

 主人公のリンカをはじめとする少女たち一人一人の立ち居振る舞い、会話の途中で髪をかき上げる、目を伏せるといった細かな仕草、台詞にならない微妙な表情の変化、制服のスカートの揺れ方、教室の窓の外を飛ぶ紋白蝶の翅の羽ばたき、水道の蛇口から流れる水。およそ画面に映るありとあらゆるものの動きを、それを観ることの快楽を喚起するようにと、徹底的にコントロールした。

 中でも力が入ったのは、このラストシーン。

 夕陽が射す逆光の階段を、主人公のリンカが駆け降りてゆく。歌を口ずさみながら。軽やかに。踊るように。ただ、それだけ。それだけのシーンだけれど、とことん美しく、心地よく、白眉と言える出来になっていると思う。

 業界では“重力の魔術師”と呼ばれているアニメーター、木佐良臣(きさよしおみ)の仕事だ。その渾名が示すように、木佐くんはアニメで最も難しいと言われている「重さ」と「軽さ」の表現が抜群に上手い。

 彼は決して目には見えない、重心の移動や慣性力を、絵の連続によって見事に描き出す。それは現実を忠実に再現するのとは違う。微妙な緩急によって現実をデフォルメしているのだ。そうすることによって絵に、快楽が生まれる。命が、“霊魂(アニマ)”が、吹き込まれる。

 木佐くんがこの作品に参加してくれたことは、僥倖としか言いようがない。

 上手く行っている。今、自分につくれる最良のものをつくれた、はずだ――。

 私は、そう自分に言い聞かせていた。

別冊文藝春秋 電子版15号文藝春秋・編

発売日:2017年08月18日