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「本の話」編集部

『永い言い訳』 (西川美和 著)


ジャンル : #小説

「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」など、濃密な人間関係を題材にした作品を生み出し続けてきた映画監督の西川美和さん。最新書き下し長編となる今作は、人間の関係の幸福とその不確かさを描いた感動の物語です。本作の背景と、小説という手法について話を伺います。

――待望の最新作は、長年連れ添った妻を突然のバス事故で失った人気作家と、同じ事故で母親を失った一家の物語となりました。突然家族を失った者たちをモチーフにされた理由を教えて下さい。

 やはり2011年に起きた震災が無関係ではないように思います。物を作ったり書いたりする人なら誰しも、それを受けて何かを造らなくてはいけないという使命感を感じていたと思うんですよ。でも、自分にしか書けないものが浮かんでこなくて、ある種の無力感、敗北感みたいなものがあったんです。まあ、あんなに大きな災厄の影響はすぐに消えるものではないし、長い目でゆっくり捉えていけばいいと考えるようになっていました。

 そうこうしている中で、報道などでは、遺された人はみんな悲しみに暮れ、最愛の人を失ったと言われているけれども、後悔の残る形で別れてしまった家族や同僚や仲間もいるんじゃないかと思ったんです。そういう人ってどういうふうに亡くなった人のことを語っているんだろうって。

 カメラが向けられたり、人に聞かれたりすると、すごく愛していましたとか大事な人でしたとか言うしかないですよね。それってすごく苦しいことだろうなと思って。

 自分も震災とは関係のないところでいろんな人との別れがあったけれども、別れ方に対して後悔をしていたり、なんであんな交わり方しかできなかったのかなと思うことも多いので、それについて書いてみようと思ったんです。主人公は自分と近い人間性の、愚かなキャラクターに設定して書いてみようと。

 結果的に、使命感とは少し違うところに落ち着きました。

――妻の夏子を失った幸夫は売れっ子作家で眉目秀麗。当然女にモテるんですが、夏子との関係は冷えきり浮気もしていた、どうしようもない男です。でも、そんな愚かな男がとても魅力的に見えました。

 幸夫が女性にモテると言っても、とても表層的な部分ですよね。容姿には恵まれたかもしれないけど、虚業の人間ですし。

 私の仕事である映画監督もそうですが、物語を作るのって、誰かの役に立っているかということが非常に見えづらい仕事ですよね。作ったものを売っていく過程で、人に持ち上げられたり、光を浴びることもあるので、本人も周りもあたかも社会のステージの上の方に立ったかのように錯覚するかもしれないけれど、そこには何の実体もないんです。だから、変な勘違いをしそうになりながら同時に自分の立場や仕事に常に自信が持てない部分もあります。

 食べるものを作っている人とか、物を運んだりする人とか、誰かの健康を支える人とか、そういう「実体」を感じられる職業の人、または「子供」という存在を育てている人たちに対してのコンプレックスがあるので、幸夫には自分の寄る辺なさや人間としての弱さみたいな部分を重ねている気がします。

 まあ、愚かさイコール人間らしさだと思っているので、欠点ではないと思うんです。読んだ人には愛してもらえるといいなと思って書きました。

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永い言い訳
西川美和・著

定価:本体1,600円+税 発売日:2015年02月25日

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