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松本清張賞受賞記念エッセイ 夢を叶える力をもらった。

松本清張賞受賞記念エッセイ 夢を叶える力をもらった。

額賀 澪 (作家)

『屋上のウィンドノーツ』 (額賀 澪 著)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「お前は、物書きになりたいんか」

 高校三年生の四月、進路指導教員のK先生は、私にこう問いました。十歳のときから小説らしきものを書き始めて、大学受験を控えて本格的に創作の勉強をしてみたいと考えた高校生の私は、日本大学藝術学部文芸学科を受験したくて、担任の先生に相談したのです。担任はすぐさま私を進路指導担当のK先生のところへ連れていきました。茨城県の鹿嶋市にある高校でしたが、先生は関西弁を話す人でした。

「そうですね」

 そう答えた私に、先生は早速、細く鋭い針をチクリと刺してきました。

「『ね』をつけるな。『そうですね』は、そいつがまだ迷ってる証拠や」

 一言一句はっきりとは覚えてないのですが(先生、ごめんなさい)、確かこんなことを言われたはずです。「そうですね」なんて言葉で自分の夢を曖昧にするようなら、端から追いかけようとなどするなと。それにショックを受けて、正直に言ってしまうとちょっとムカッと来て、私はそれ以降、作家になりたいという夢に、できる限り「ね」をつけないようにしました。

 百パーセント言わずに来られたかと問われれば頷けないのですが、それでも先生の言いつけは結構しっかり、できるだけ守ってきたんですよ、K先生。

 K先生に厳しく指導して貰い、一年後、私は日藝生になりました。所沢のワンルームのアパートで暮らしながら、自分と同じように小説を書く仲間を得て、指導をしてくれる先生を得て、非常に充実した生活を歩み出したのです。

 初めての一人暮らしや、初めてのアルバイト、初めてのサークル活動。噂の飲み会という奴。電車が走っている。バスが走っている。徒歩圏に本屋がある、ファミレスがある、映画館がある。故郷にはなかったたくさんのものに魅了されながら、小説を書きました。所沢には、「初めて」がたくさんありました。初めて松屋で牛めしを食べたのも、新所沢駅でのことでした。

 何より、作家を目指す同級生が、当たり前に同じ教室にいるのです。互いの小説を読み、批評し合い、そのまま居酒屋へ。そこで第二ラウンドが始まる。それは、高校生の私がずっと求めていた場所でした。

 そんな楽しい大学生活の中で、私は作家・夫馬基彦先生のゼミに所属することとなるのです。二〇一一年の四月のことでした。東日本大震災からたった一ヶ月しかたっていない。まだ日本がこれからどうなるのかも、自分達の未来がどうなるのかもあやふやで、ぼんやりと霞んでいた頃に、私は夫馬先生と出会いました。

 確か、その年の五月頃だったと思います。先生は私達ゼミ生に、特に地方からやって来た学生に向かって、「自分の故郷を題材に小説を書いてみなさい」と言いました。それが、私が自分の生まれた茨城を舞台に小説を書くようになったきっかけです。十八年間当たり前のものだと思い込んでいたものが、小説の題材となり、印象的な情景となることに気づけたことは、大きな収穫でした。果てしなく広がる田圃も、朝霧も、湖や牛小屋の匂いも、戦闘機の音も、私の武器になってくれました。

 それまで以上に、書いて、書いて、書きまくる日々が始まったのです。

「ウインドノーツ」の原型となる小説を発表したのも、このゼミでした。確か三十枚の、テーマ自由の課題だったと思います。そこから一進一退を繰り返しながら、「ウインドノーツ」はできあがっていったのです。

 先生、額賀、なんとか受賞しました。やっと、デビューできるみたいです。

 そして大学四年間、小説を書くことだけに夢中になっていた私にも、ついに就職活動の時期がやって来ました。就活で役立ちそうな資格も取っていなければ、留学などといった面接試験で盛り上がりそうなネタも全く持ち合わせていない私でしたが、どうにかこうにか、現在働いている広告代理店のような編集プロダクションのような会社に拾って貰うことができたのです。そこそこ文章が書けること。そして、大学のDTPの授業で叩き込まれた編集ソフトの操作技術に、なんとか助けられました。

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オール讀物 2015年6月号

定価:980円(税込) 発売日:2015年5月22日

詳しい内容はこちら

単行本
屋上のウインドノーツ
額賀澪

定価:1,320円(税込)発売日:2015年06月26日

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  • 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著

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