[第8回 高校生直木賞全国大会レポート]四時間かけた議論の末“同票”で史上初の二作受賞

高校生直木賞

高校生直木賞

[第8回 高校生直木賞全国大会レポート]四時間かけた議論の末“同票”で史上初の二作受賞

文: 伊藤 氏貴 (明治大学文学部教授・高校生直木賞実行委員会代表)

西條奈加『心淋し川』

・時代物としては入りやすいが、江戸時代の話なので、どうしても馴染みのない単語が多く、全ての高校生が楽しめるのか疑問に感じた。

・短編集ということで読みやすい。伏線が回収され、ラストは衝撃的。「冬虫夏草」の嫁と姑の関係は、現代にも通じる。

・「冬虫夏草」には人間らしい感情が描かれていると思った。自分も心町に住んでいるような気分になれた。主人公が同世代の話もあって物語に入り込める。

Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり

・やるせないまま生きていく人たちというのがこの本のテーマだと思うが、自分たちには少し早いという気もした。もう少し色んな経験をしてから読みたかった。

・用語や雰囲気がわからないという意見もあったが、描写が美しく、江戸の裏町に住んでいる人たちの感情がありありと浮かび上がってくる。高校生に向いているかどうかより、高校生の自分たちがどう感じたか、高校生が選んだということに価値があるのではないか。

・読者に新たな価値観を与えたり、作品のメッセージからなにかを考えさせられたり、さまざまな角度から人間を繊細に描いている作品が高校生直木賞にふさわしいと思って臨んだ。その点、今作は非常にマッチしている。文章が綺麗で、ミステリー要素もある。時代は現代とは違っても、家族や土地に縛られているのは変わっていないし、普遍的な価値観を描いていると思う。

・厳しい環境で懸命に生きる姿は、コロナ禍の中を生きる我々の姿にも重ねられるのでは。

Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり

馳星周『少年と犬』

・これまでの動物が出てくるたんなるハートフルな小説とは違った新鮮な魅力があった。

・『不夜城』の作者が帯にあるような感動的な作品を書くかと思っていたが、やはり人が死んでいく話で、ミステリアスな要素もある。

Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり

・まず表紙がカッコいい。闇を抱えた人間が犬を通して光を獲得していく話だと読めた。

・動物が苦手な自分でも感動した。犬の多聞が元の飼い主の元に戻るまで色んな人に寄り添っていた。犬にも感情があるのかもしれないと思わせられた。

・動物を通じて人間のもろさをうまく表現している。

・東日本大震災も熊本地震も、自分たち高校生みんなが経験しているので入り込みやすい。人と犬のつながりは感動しやすいし、友人にも勧めやすい。

Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり

・短編の各話がすべて繋がっている構造がすばらしい。ただ、わからないところもある。犬は天使のようでもあり、しかし出会う人が次々と死ぬので、死神の要素もあるのか。また、雑誌掲載順と収録順が違うことの意味はあるのか。表紙で犬が逆を向いている意味は。

・犬は一瞬の幸福を与えてくれる存在だろう。全国を渡っていって、最後の最後に崖まで来て、これまでの方向を振り返っているのではないか。

・一匹の同じ犬が、接する人間により全く変わる。この犬がいたことによりよい死を迎えられた。

・助けたり助けなかったりするので、死が救済というのは早計ではないか。犬はたまたまとおりかかっただけだ。

・犬が優しさで人を救うのではなく、人が勝手にそこに投影して救われた気になる、という物語として書かれているのではないか。感動的な話というわけではもともとないのでは。

・それでも、人生の転換点に犬が寄り添っている。読者として、自分が人生の選択をするときにこの本を思い出すような気がする。

前年の受賞者・大島真寿美さんも選考を見守った

伊吹有喜『雲を紡ぐ』

・不登校やいじめなどの話題は身近で共感しやすい。登場人物は自分の思いを表現するのが苦手だが、やがてお互いのことを理解できるのが良い。もし自分が主人公だったら、と考えさせられる。

・同年代の主人公で感情移入しやすい。気づかれないいじめなど、曖昧なところに現実味がある。

Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり

・主人公に感情移入して読むと、母や祖母に違和感がこみ上げてきて、イライラしてくる(笑)。

・悩みがリアルなあまり共感しすぎて疲れるところもあったが、美しい情景描写で救われた。映像化してほしい。

・色、特に赤の使い方が印象的。ホームスパンやぼや騒ぎにも赤が使われる。

・赤のイメージはまずは「赤ちゃん」。守られる存在から、自分で自分を守ろうとする意志を持つ存在へ。自分探しの普遍的なテーマに対して、ホームスパンなどオリジナリティのある設定のバランスがいい。『西の魔女が死んだ』に通ずる。人間関係がほんとうにありそう。

・主人公は素直にはなったが、それがこの小説での「成長」なのだろうか。

・主人公以外の視点、たとえば父親の視点もあるのがいい。普段本をあまり読まない高校生には、王道のものとして勧められる気がする。主人公自身はあまり成長していないかもしれないけれど、人間簡単に成長するものではないので、これでいいのでは。

・主人公よりもお父さんに共感できる。

・家庭そのものが主人公なのかもしれない。周りに比べて主人公の変化が見えにくく、お父さんがいいキャラで、こちらが主人公? 自分の親の気持ちを理解するのに役立つかも。

・家族の繋がりが次第に薄れていく高校生という時期にこそ、読むに値する。

・はじめ知識のない主人公とともに読者が学んでいくという構造は『八月の銀の雪』と同じで、ただ自分としてはホームスパンより後者の科学の方に個人的には興味がある。

・しかし、ホームスパンや「紡ぐ」というタイトルには、一度壊れた人間関係を再構築していくという意味がこめられていて、誰にでも通ずるところがある。

Ⓒ中尾仁士、杉浦しおり
雲を紡ぐ伊吹有喜

定価:1,925円(税込)発売日:2020年01月23日

少年と犬馳星周

定価:1,760円(税込)発売日:2020年05月15日


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