第7回高校生直木賞を『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で受賞した大島真寿美さんから、高校生にあてて綴ったメッセージが届きました!
いきなり、というか、唐突ではありますが、高校生直木賞選考会当日のトークイベントでお話しさせていただいたことについて、ここで、ひとつだけ補足させてください。
小説家になりたい方からの質問だったと思いますが(もしかしたら、小説家になりたいわけではなく、たんに小説を書きたいだけだったかもしれません)、どうしたらうまく書けるようになるか、そのために何をすればいいか、ときかれて、私は、まず、ボキャブラリーを増やすべき、とこたえました。そのためにやれることは、どんどん読むこと、って。ね、いいましたよね。とにかくどんどん読んでね、って。
で、そのとき、読むだけでいいんですか? と続けてきかれました。読むだけでいいのか、書いておぼえたりしなくてもいいのか、と。
私は、読むだけでいいです、とこたえました。
でも、ちがってました。
とても大事なことを忘れてました。
ただ読んでるだけでもいいんだけど、もう一つ、やった方がいいよ、ってことがありました。
それは辞書を引くこと。
知らない言葉に出会ったらすぐに辞書を引く。あやふやな感じでぼんやり読んじゃってる、ってときにも確実に意味を捉えるためにまずは辞書を引いてください。読んでいて、むむ、って思ったらすかさず辞書を引く。
たったそれだけのことなんですが、これをやることで、ぐっと効果が上がります。
面白いものを読んでいるとき、そんな邪魔くさいことはしたくないかもしれないけれど、やってみてください。今は電子辞書なんて便利なものがあるのだから、そんなに面倒ではない気もするし。って、まあ、それでも、どうしても面倒ならば、とりあえず付箋でも貼っておいて後からまとめて引く、でもいいです。どこかにちょっとメモしておいて、後で調べる、でもいい。
引いたからといっておぼえられるものでもないけれど、それでも、言葉に厳密になる姿勢というのは大事な気がします。おぼえられなくて忘れちゃってもいいんです。忘れちゃってまた、むむ、って思ったら、そのとき、また辞書を引く。ただそれだけ。
ともかく、あやふやなまま読んで、その言葉をやりすごしていくと、ボキャブラリーは増えません。なので、ぜひ。
小説って、私が、私以外の人に言葉で伝えるものですから、言葉を厳密に使わないと、肝心なところが伝わらなくなってしまいます。あやふやなままおぼえてしまった言葉は、いざ書く段になると使えないんです。
私は三十年くらい小説を書いてますが、まだ知らない言葉がいっぱいあるし、使っていない言葉もいっぱいあります。それこそ、あやふやなままやりすごしていて、突然、はた、と気づいて、調べ直すこともしょっちゅうです。まちがったまま、勘違いしたまま使ってることもありますしね。その言葉を“正しく知らない”ということさえ、わかっていないから辞書を引かずにここまできてしまった。いやはや、わかったつもりの言葉がいかに多いことか。だから辞書を引く。
辞書を引いて一つの言葉の意味がわかったからといって、すぐに使えるものではありませんが、いつでも使える(であろう)言葉が自分の中に溜まっていくことが大事なんじゃないかな、と思ってます。
以上、まあ、些細なこと、といえば些細なことなんですが、ちゃんと伝えておきたくて、ここに書かせていただきました。ささやかではありますが、小説家になりたい方、小説を書きたい方へのヒントになれば。
第8回高校生直木賞に参加した皆さんへ
高校生直木賞の選考会、とても楽しく拝見しました。
4時間があっという間に過ぎてしまって、びっくり!
昨年も、あんなふうに『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』について、皆さんが激論を戦わせていたのかと思うと、そして、そんな中で選んでもらっていたのか、と思うと、あらためて喜びを噛み締めずにはいられませんでした。ありがとうございました。
でも、それと同時に、何が選ばれるのか、っていうことよりも、その本がどう語られ、どう選ばれていくのか、という過程こそが、じつは高校生直木賞の醍醐味なんじゃないかな、とも感じていたのでした。主役は選ばれた作品ではなく、選考過程の皆さんの真摯なやりとりだな、と私は感じたのでした。