第8回高校生直木賞を受賞した伊吹有喜さんと加藤シゲアキさん。受賞作『雲を紡ぐ』『オルタネート』以外にも高校生にお薦めしたい作品を、書評家の大矢博子さんが選んでくださいました!
伊吹有喜からの贈り物
高校生に薦める伊吹作品ということで、高校生が主人公の『犬がいた季節』(双葉社)から紹介しよう。迷い犬を校内で飼うことになった高校を舞台に、昭和六十三年から令和元年までを、その年の三年生を主人公に描いた連作である。
昭和最後の年、女の子に勉強は必要ないと大学進学を認めない家族に反抗する少女。平成三年、鈴鹿サーキットにF1観戦に行った男子ふたりの冒険譚。阪神・淡路大震災が起きた平成七年……。今の高校生から見れば過去の話だ。登場人物は親の世代かもしれない。だが読んでいくうちに、同じだ、と感じるだろう。好きな人がいて、家族に反抗して、進路に悩んで。スマホはおろか携帯電話もなかった時代、自分がそこにいたら、自分だったらと想像しながら読んでほしい。
続いてはテレビドラマにもなった『カンパニー』(新潮文庫)を。会社が後援するバレエ団に出向を命じられたサラリーマンの話である。次の公演を成功させなければ社内に椅子がなくなる、しかもそんな状態で妻から離婚をつきつけられる。高校生の話ではないが、実はこれ、追い詰められた場所からの逆転を描いた、とても普遍的な物語なのだ。
クビ寸前の主人公しかり、自らの限界に直面するダンサーしかり、前の職場で失敗したスポーツトレーナーしかり。そんな人たちが失敗を繰り返しながらも力を合わせてひとつのものを作り上げようとする姿は感動必至。カンパニーには会社という意味の他に仲間という意味がある。ひとりでは無理でも誰かとならやれるかもしれない。この物語は、読者にとってのカンパニーの存在を思い出させてくれるはずだ。
『彼方の友へ』(実業之日本社文庫)も今の高校生と同じ年代の主人公が登場する。始まりは昭和十二年。家庭の事情で女学校進学を諦めた十六歳の少女が、少女雑誌の編集部に給仕係として雇われる。その後編集者となり雑誌作りに携わるが、時代は戦争へと突き進み――。
ヒロインが編集者として奮闘する場面の合間に、彼女が歳を重ね老人ホームにいる場面が挿入される。それにより、若者から見たらおじいちゃん・おばあちゃんでしかない人でも、すべての人に自分と同じ十代の頃があり、多くの出会いや別れがあり、恋があり、好きなものや熱中できるものがあり、「推し」がいたということが伝わってくるのである。
彼方の友とは地理的なことだけではなく、時を隔てた友という意味でもある。本書のヒロイン・波津子は、八十年以上未来に生きる私たちに、夢と希望を届けてくれるのだ。波津子という彼方の友からの贈り物は、現代の高校生にもきっとまっすぐに届くに違いない。
加藤シゲアキの技術と成長
まずはやはりデビュー作の『ピンクとグレー』(角川文庫)を挙げよう。
小学生の時に出会い、幼馴染として友情を育んだ大貴と真吾。ふたりは高校二年生で雑誌の読者モデルとなったのを機に、芸能界に入る。しかしその後、ふたりの道は分かれた。ひとりだけが売れ、スターダムを駆け上ったのだ――。
ピンクが赤と白の、グレーが黒と白の間であるように、人は皆、何かの間で揺れ動いている。そんな姿を青春と重ねて描いたこの物語は作家・加藤シゲアキの出発点であると同時に、二つの時制を行き来しながら語る構成力と、ここ一番でハッとするような表現を用いる描写力を見せつけた作品でもあった。
だがこの時、世間が騒いだのは「アイドルの」「ジャニーズの」加藤シゲアキが小説を書いた、ということだった。作品よりも作家に注目が集まったのだ。
決して幸福とは言えないこの状況を、加藤シゲアキは書き続けることで少しずつ、だが着実に跳ね返してきた。そうして実績を積み、知名度頼りではないことが証明された今、このデビュー作をあらためて読んで頂きたい。これほどまでに高度なテクニックを使っていたのかと驚くに違いないから。
これから初めて加藤作品を読むという人に薦めたいのが短編集『傘をもたない蟻たちは』(角川文庫)だ。渋谷や芸能界という馴染みの舞台を離れた初めての作品集だが、これが驚くほど完成度が高い。恋愛小説ありSFありサラリーマンの転落物語あり。こんな引き出しがあったのかと瞠目すること請け合い。
特に目を引くのが「にべもなく、よるべもなく」だ。親しい友人が同性愛者だと知った男子中学生が主人公。反射的に「気持ち悪い」と感じ、友人のことをそう思った自分を嫌悪する。理解したいのにできないという痛切な足掻き。若い読者にぜひ読んでほしい短編である。
『チュベローズで待ってる』(扶桑社)は、二十二歳の主人公がホストクラブで働きながら就職試験に挑戦する「AGE22」と、その十年後を描いた「AGE32」からなる二巻組だ。上巻は夜の世界を通して自分の未知の一面を再認識するという青春小説だが、下巻に入るとガラリと趣が変わる。上巻で起きた事件が思わぬ形で蘇るミステリなのである。成長譚だったはずの上巻がまったく別の物語に姿を変え、テーマすらも反転してしまう。ここでも技術の高さが光っている。
加藤作品は『オルタネート』を含めて六冊。ぜひすべてを手にとってほしい。刊行順に読めば作家・加藤シゲアキの成長が浮かび上がる。そしてこれからもその成長をリアルタイムで追うことができるのだ。読者冥利に尽きるではないか。