大前粟生インタビュー「対等を求めてもがき、傷つけないようにと願う――いまの時代の”恋愛のかたち”を見つめたかった」

作家の書き出し

作家の書き出し

大前粟生インタビュー「対等を求めてもがき、傷つけないようにと願う――いまの時代の”恋愛のかたち”を見つめたかった」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

――小さい頃から空想するのは好きでしたか。

大前 大好きでしたね。たとえば漫画を読んでいても、『ONE PIECE』だったら何の悪魔の実を食べるだろうとか、『HUNTER×HUNTER』だったら自分はどういう念能力を持つのかなとか、設定を勝手に考えたりしていました。

――ブログで小説を発表するのと同時期に、新人賞にも応募されていたわけですね。

大前 はい。短篇ばかり書いていた頃に、ちょうど「GRANTA JAPAN」や、できたばかりの雑誌「たべるのがおそい」で短篇を募集していたんです。自分の書きたい作品に合った場があって良かったなあと。

――「GRANTA JAPAN」の公募プロジェクトに応募した「彼女をバスタブにいれて燃やす」が16年2月に最優秀作に選出されてデビューが決まり、同年10月には文芸誌「たべるのがおそい」に「回転草」が掲載されました。その頃の短篇は、動物や植物がよく出てきたり、意外と猟奇的だったりする。ああいうのはぱっと浮かんだイメージを膨らませていくのですか。

大前 デビューしたての頃は、とにかく頭に浮かんだものをひたすら文章にしていくという感じでした。人間の生活をリアルに書いた話にあまり興味がなくて、せっかく活字なんだから、実写やアニメでは表現しづらいものにできたら楽しいなと思っていました。

――最近のものでも、短篇はイメージを膨らませて一気に書いている印象です。逆に中長篇は、今の時代に生きている人の違和感や悩みを掬いとっていますが、それは自然とそうなるのですか。

大前 そうですね。短篇は、着手したときの興味関心の勢いのままに、1~2週間で一気に書ききってしまいます。一方、長篇だと執筆中に考え方も移ろいゆくので、自分の変化と向き合いながら進めていくことになります。執筆期間が長ければ長いほど、作品が自分の生活の一部になっていく。その中で感じたことを作品に写し取ろうとした結果、いま現在の空気感を織り込めているのかな、と思います。

いまの世界は、「アップデート」されている?

――『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』で大前さんはジェンダーの問題に敏感だという印象を強く持ちました。まわりを見ても、同世代にはそういう人が多いと思いますか。

大前 世代の問題ではないかな、と思います。それよりも周りの環境、たとえば、どの地域に住んでいるのかとか、どんなコミュニティに属しているのかで変わってくるような気がしますね。

 たとえば、僕は兵庫の田舎の出身なんですが、家の周りに全然娯楽がなかったんです。そうすると、みんなが共有できる話題が人間関係、それこそ恋愛くらいしかない。その結果、人間関係自体がコンテンツ化してしまうというか、過剰に「お約束」や「こうあるべき」が増えてしまうのかな、とは感じていました。その中で、自分固有のジェンダー観を口にすることって、勇気がいることですよね。

 いわゆるホモソーシャルが他者を排除することで成り立つということもありますし、苦しいと思ってそこから抜けようとしても、誰かから攻撃されるのではないかという恐れから、自分の心にブレーキをかけてしまう。それは世代問わず起きている現象でしょうし、まさにいま、悩んでいる人は多いんじゃないかと思います。

――昨年に刊行された中篇『おもろい以外いらんねん』は芸人コンビと彼らを見守る幼馴染の10年間の話ですが、お笑い文化の変化を掬いとっていますよね。これはご自身がコロナ禍でお笑いの配信を見ている時、攻撃的なネタに辛くなったというご経験によるものだったそうですが。

大前 そうですね。コロナ禍に入ってから、みんなが「面白い」と感じるものが少しずつ変わってきているような気がして、『おもろい以外いらんねん』ではそのようなことにも少し触れてみました。

 いま、「あの人は敵か? 味方か?」といった、二項対立のような考え方が拡大しているような気がして。先ほど、コロナ禍で人と直接会いづらくなると、無意識に人間関係の取捨選択を行ってしまうという話がありましたが、その延長線上に起きていることなのかもしれません。

――今の時代って価値観が変わってきているとよく言われますが、実際にアップデートされていると感じますか。

大前 多くの作品で、いろいろな新しい価値観が表現されるようになってきていますし、それはすごくよいことだと思いますが、受け取る側がどれだけ受容しているかは分からないです。社会構造や法律が変わらない限り、本質的にアップデートされたとは言えない部分もありますし。そういうことに興味がない人のほうがまだまだ多いんじゃないかなとも思います。

 一方で、SNSで語られる、「アップデートしなくてはならない」という圧のようなものに息苦しさを感じる人もいるのではないかと感じています。わりと強い言葉とか、断定する言葉がしんどくなっている人もいるでしょうし。

 だからこそ、僕は小説では、あまり追い込みすぎないように、「こういう考え方の人もいるよ」くらいのスタンスでいたいなと思っています。最近、もしかしたら、小説は、「SNSに投稿された言葉ではない」というだけで、読む人にとってある種の逃げ場になれるのかも、と感じることがありました。

 小説の登場人物たちが、さまざまな悩みを抱えていることで、「こういうことで悩んでいるのは自分だけじゃない」と、少しでもほっとできるのであればいいなあ、と思っています。

――最近は絵本も作られていましたよね。『ハルには はねがはえてるから』。

大前 そうなんです。宮崎夏次系さんが絵を描いてくださって、それがとても嬉しかったですね。もともと宮崎さんの漫画のファンだったので。

――背中に羽根が生えているハル、目からビームが出るナツ。そんな、「ふつう」とは違う力を持つ女の子たちの話ですね。どういう絵本を作ろうと思ったのですか。

大前 絵本にしてはだいぶ抽象的な書き方をしていますし、グロテスクな話でもあるので、漠然と、いわゆる「中二病」の小中学生に届いたらよいなと思っていました。僕も中学生のとき暇を持て余して、ずっと妄想や空想の世界に浸っていたので。そんな、後から振り返ると本人にとっては黒歴史かもしれないような時期を過ごしている子が、ひっそり手に取って、ひっそり楽しむような絵本になったらいいなって。

――今後の執筆活動の予定を教えてください。

大前 3月に、『まるみちゃんとうさぎくん』というヤングアダルト小説が刊行されます。同じく3月には初めての短歌集が出版されまして、その後、「文藝」に掲載された中篇「窓子」が単行本になります。これはジャンルでいうとホラー小説になるのかな。

 これからも書き方を固めすぎずに、自分の描ける世界の幅を広げていきたいですね。ミステリーにも挑戦してみたいです。

――編集者からテーマを投げられたほうが書きやすいですか。

大前 長篇はあったほうがありがたいですね。『きみだからさびしい』でもそうでしたが、打ち合わせで話している時にアイデアが出てきたりもしますし。

――今年、京都から東京に引っ越しされたそうですね。

大前 関西から出たことがなかったんです。今年30歳になるので、1回出ておくか、みたいな感じです。

――今後、小説の舞台も変わっていくかもしれませんね。

大前 そうですね。僕は散歩を日課にしているので、住む街の景色が変わったのは新鮮な刺激になっています。京都の街中は坂道が少なく、通りも直線で構成されていましたが、東京は起伏に富んでいる。匂いや音もだいぶ違う。そういうところから、考えることや感じることも変わっていくかもしれません。

撮影:佐藤亘


おおまえ・あお 1992年、兵庫県生まれ。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトにて最優秀作に選出され小説家デビュー。20年刊行の『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』によってジェンダー文学の新星として各メディアで取り上げられ、国内外から注目を集める。21年、『おもろい以外いらんねん』が第38回織田作之助賞候補。同年、『岩とからあげをまちがえる』が第14回日本タイトルだけ大賞を受賞。他の著作に、『回転草』、『私と鰐と妹の部屋』、『ハルには はねがはえてるから』(絵・宮崎夏次系)、『話がしたいよ』、『まるみちゃんとうさぎくん』(絵・板垣巴留)、『柴犬二匹でサイクロン』などがある。


人気作家の作品&インタビューがもりだくさん♪ 「WEB別冊文藝春秋」はこちら

WEB別冊文藝春秋

きみだからさびしい大前粟生

定価:1,650円(税込)発売日:2022年02月21日

別冊文藝春秋 電子版43号 (2022年5月号)文藝春秋・編

発売日:2022年04月20日