話題の『テスカトリポカ』。古代アステカの人身供犠と現代社会のダークサイドが浮彫にした人間の本質とは?

作家の書き出し

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話題の『テスカトリポカ』。古代アステカの人身供犠と現代社会のダークサイドが浮彫にした人間の本質とは?

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

佐藤究インタビュー

――本作では、バルミロ、末永、コシモをはじめ、さまざまな人間の来し方と、彼らの運命がどう絡み合うかが丁寧に描かれます。緻密にプロットを組み立てられたのでしょうか。

佐藤 僕は昔から、プロットではなく、ゲシュタルト(形態)という言葉を使っていて。いつも最初に、ゲシュタルトブックというのを作るんです。スケッチブックに、本で読んだ情報なんかをコラージュしていく。シュルレアリスムでもデペイズマン(異質な環境に置く)という手法がありますよね。僕の場合、たとえばページの上にアステカの資料や絵や地図を貼って、下には現代メキシコの資料を貼る。フェリーやクルーズ船の資料を貼った下には児童虐待の資料を貼るなど、全然違うものを並べていく。それをずーっと見ているうちに、透かし絵のように見えてくるものがある。見えた世界が現実だと自分で思えるまでに時間がかかりますが、ゲシュタルトブックの仕上がりが良ければ後は勝手に話が出てくるので、長いものも書けるんです。『Ank : a mirroring ape』の時のゲシュタルトブックは2冊でしたが、今回はその倍以上になりました。

 あとは登場人物のプロフィールを事前に作ります。円グラフみたいなのを描いて、好きな音楽とか食べ物とか書きこんだりして。ただ、主人公のコシモは、登場時間が長く、作中で伝えられる部分も多いので、逆にそこまで綿密に作りませんでした。これはコシモのモデルのジ・アンダーテイカーという、去年引退したアメリカのプロレスラーの人形(下の写真の上参照)なんですけれど(と、モニター越しにフィギュアを見せる)、自作のアステカの武器を持たせてます(笑)。

――うわ、半端じゃないマッチョ! 髪の長さとか刺青とか、読んで想像した通りです。コシモの物語は彼の幼少時代から始まりますが、屈強な青年に育っていくんですよね。

佐藤 コシモの肉体は最終的に、ジ・アンダーテイカーの身長と体重に合わせています。

――コシモが育った場所としてだけでなく、その後バルミロたちのビジネスの拠点として、川崎が重要な舞台になりますね。

佐藤 構想段階から、川崎と東京を隔てる多摩川の六郷橋で、何かが激突しているビジョンがあったんですよ。『ダークナイト』に応じていると思うんですけれど。それで、終盤にそうした場面を書きました。

 川崎に住んでいる不良たちにとっては、多摩川とあの橋が自分の世界と東京とを分けているんですよね。それはアメリカとメキシコの国境に似ている。アメリカにとってメキシコは行って帰ってこられる観光地ですが、メキシコ側の人間にとっては、アメリカは一発勝負をかけて向かう場所。

犯罪集団って、グローバルで合理的なんです

――コシモはメキシコから来た女性と日本人の男性の間に生まれた子どもです。彼の母親がなぜ日本に来たかというところから物語は始まります。一方、バルミロはメキシコから脱出し、南米から密航してアフリカを経てジャワ島にたどり着く。あの行程も、ものすごく面白くて。ジャワ島での生活ぶりも現実味があって、佐藤さんって世界中を回ったバックパッカーだったのかと思ったくらい。

佐藤 僕自身はそんなに回っていないけれど、まわりに世界中を回っている知人がいるんです。『クレイジージャーニー』で有名になった危険地帯ジャーナリストの丸山ゴンザレスさんとかが、リアルな情報をくれる。屋台での頼み方なんかを教えてもらっているうちに、自分も世界を回ってきたような気になる(笑)。

 バルミロのメキシコからの脱出ルートについては、英語サイトで公開されている世界の麻薬犯罪の地図を参考にしました。バルミロがいきなり日本に来るのはおかしいな、とか。ヘロインやコカインの広がり方を知ると、僕らが思っている以上に犯罪組織はグローバルだと分かるんです。

――バルミロたちが関わる犯罪組織も中国人の集団がいたりテロリストがいたりして。彼らの通信アプリやテクノロジーを駆使した金銭のやりとりも驚きのリアルさでした。

佐藤 ああいうのも友人がいろいろ教えてくれるんです。犯罪組織はひたすら合理的に人の裏をかくことだけを考えているし、変な意味で真面目だし、ちょっと間違ったらすごく優秀なビジネスマンになるような連中の集団なんですよ。バルミロがジャカルタにいる時に世界のニュースを入念に読むシーンを書きましたけど、本当にあんな感じだと思いますね。

――そこでバルミロが出会う日本人が末永。彼は金儲けというより、とにかく心臓手術がしたいんですよね。それがすごく不気味というか。

佐藤 末永は、見かけは爽やかなスポーツマンタイプで、中身は怪物ってパターンですよね。バルミロはアステカの神に捧げる心臓に執着があり、末永は現代の資本主義側の、人身供犠主義のひとつの形として心臓に執着しているんです。

――彼らは日本で児童の心臓売買を企てますよね。子どもの集め方や、船を使ったやりとりなどの計画も巧妙ですね。

佐藤 かなり周到に考えました。ある意味、クライムノベルを書くっていうのは、新しい犯罪を作り出すってことなんですよね。だから考え方もどんどん犯罪者っぽくなっていく(笑)。そういうオーラが出ているのか、僕、常に職質受けるんですよ。きっと目つきが悪いんだろうなと思っていたんです。でも先日、池袋で後ろから肩叩かれて、振り向いたら警官が2人いた。顔すら見てないのに……。もう、面ですらなく、存在そのものが職質の対象なんですね(苦笑)。あれで持っていた資料まで見られたらやばかったですね。コカインの販売ルートとか書いてあったから。

 作中で、彼らの犯罪に船を使ったのは、船籍が違うと日本の警察がいきなり入っていけないという利点があるからなんです。それに、心臓病の患者さんって、気圧の変化がNGだったりするんですよ。心臓移植のために海外に行くにしても、飛行機より船で行けるならそのほうがいい。大型クルーズ船なんかは設備がすごくて揺れないらしいんですよね。だから現実的だと考えました。

別冊文藝春秋 電子版37号 (2021年5月号)文藝春秋・編

発売日:2021年04月20日