人や組織の「嫌な感じ」を楽しんで書いてみた
――刑事の堀と年下の相棒には世代間ギャップがありますね。それで、堀は相棒を見下し、意見をことごとく却下していく。
浅倉 今回は警察を書くことも挑戦だったんですが、警察でも会社でも、上司は「うちの部下はどうにもダメだ」と思い、部下は「こんな上司じゃうまくいかない」と思い、誰も責任をかぶろうとしないのは一緒だろう、という部分を書きました。声高に「誰が悪い」という言い合いは始まらないけれども静かに何かがくすぶってる状態を、組織の中の人間関係を通して書きたくて用意したパートです。
――視点人物ではないですが、泰介の妻の芙由子は、夫の犯行かどうか半信半疑という感じですよね。一方、芙由子の実母は、「あたしはこうなるとわかっていた」みたいなことをネチネチ言う。あれがもう、本当に本当に嫌な感じで(笑)。
浅倉 この人も、自分が一番冷静で賢いと思っているんですよね。「わかっていた」って、いったい何を根拠に言ってるんだっていう。事が起きてからなら何とでも言えますよね。ああいう嫌な感じは、なんか、楽しみながら書きました(笑)。
――ネットの書き込みも随所に挿入されます。殺人報告のアカウント主が泰介だと特定され、個人情報が拡散し、警察の無能ぶりを叩くツイートが量産され……。知ったかぶって噓の情報を語る人もいたりして、多くが上から冷笑している感じがこれまた本当に不愉快でした。褒め言葉のつもりです(笑)。
浅倉 日々の書き込みのコメントを考えるのも楽しかったですね。次はどんな奴出そうかな、って。いろんな立場を考えて、それに合わせたアカウント名と投稿内容を考えました。序盤はもちろん泰介のことが話題の中心ですが、後半にいくにつれ、全然関係のない、子供がどうだとか仕事がどうだという、テメエの話が増えてくる様子も書きたかった部分です。
――泰介がいそうな場所に動画を撮りにいく人たちも登場しますね。
浅倉 そうなんですよ。ミステリーって、世の中の技術が進歩してトリックが作りづらくなった側面があるってよく言うじゃないですか。でも、YouTuberは現代が生み出してくれたニュークリーチャーで、何やらせても「ああ、現実にこういう奴いるよね」ってなるんですよ。収益のために変なことしている奴を出しても違和感がない。まあ、あまり安易に書くと火傷するんですけれど。ミステリーの作家さんがどう思っておられるかはわからないけれど、少なくともホラー界隈の方は喜んでおられるのではないでしょうか。
――そう思います。彼らはよく心霊スポットに行ってくれますから(笑)。
浅倉 (笑)。
浅倉流プロット作りの極意
――テンポよく話が進んで新事実も出てくるなかで、「この人が犯人かな」「あの人かな」と思うんですが、読者に何をどこまで匂わせるかは、どのように考えたのですか。
浅倉 最初は「犯人謎説」というゾーン、次は「犯人〇〇説」ゾーン、その次は「犯人△△説」ゾーンなどと決めて、最後に「種明かし」ゾーンを設定しました。そのゾーンの間はその人が怪しいように書くというルールを作ったんです。『六人の噓つきな大学生』の時も、××君が怪しいゾーン、□□さんが怪しいゾーン、というのは作りました。
――浅倉さんはいつも、事前にかなりプロットを細かく作るそうですね。
浅倉 今回も最初に、プロットにトリックまで盛り込んで担当さんに送り、「騙されました」と返事が返ってくるところから始めました。そのプロットが100枚くらい。文章を整えていない下書きみたいな感じです。それを読んでもらって、その時点で気づいた問題点を先に全部教えてもらいたいんです。
――折れ線グラフやエクセルの表も作るとか。
浅倉 順番を説明しますと、最初に折れ線グラフで波を作るんです。今回でいうと、逃走劇がちょっとずつスタートして、大変になって、もっと大変になって、助かるかもと思いきや助からない……という波を作る。そういうのをグラフにして、平坦に見えたら棒のこっちをつまんで上げ、あっちをつまんで下げて調整する、というイメージです。
その後で、各シーンを小さなメモ用紙に書いてホワイトボードに貼ります。左上が物語のスタート、右下が物語の終わりで、どの位置にどのシーンを置くかを考えて貼っていって、それが一本の線になって繫がったら、そのホワイドボードを見ながら担当さんに送るためのプロットを書き、OKが出たらエクセルに落とすんです。
――100枚のプロットがあるならもう書けそうですが、そこでエクセルを作るんですか。
浅倉 文章を元に文章を作ろうとすると取りこぼしが発生しちゃうんです。だからエクセルのセルに絶対書かなきゃいけないエッセンスを抽出しておいて、書き終えたらセルの色を変えるんです。そうすると後で見て「ここ書き忘れてる」というのがわかるし、「このシーンではまだこれ要らない」と思ったらセルを移動できるし。楽なんです。
――今回も痛快な伏線回収を堪能しました。「伏線の狙撃手」と呼ばれる浅倉さんですが、そう呼ばれるといつも苦笑いされますよね。
浅倉 狙撃手になったつもりはないけれど、いつのまにか入隊させられてました(苦笑)。
――伏線回収は目的なのか手段なのか、そのあたり浅倉さんはどう考えていますか。
浅倉 つけ麵って、だいたい、あっという間につけ汁が冷めるじゃないですか。
――はあ。
浅倉 以前行ったつけ麵屋さんが、ちっちゃいポケットコンロにつけ汁を載せてきたんですよ。つけ汁を冷まさないようにしているんだ、すごいなって思ったんです。それに近いのかな。「これはいい発想だわ」「このコンロいいよね」って言われ続けたら、きっとお店の人は「確かにコンロを用意したのは俺だけれど、もうコンロはいいからつけ麵の味の感想を教えてくれ」って思うだろうな、っていう。僕もたぶん、若干そう思う気がします。伏線って、張らないですむなら張らなくていいと思いますし。とはいえ、「ちょっといいコンロ用意しときます」っていう気持ちもあるんですよ。理想は全パラメーター100点ですよね。ミステリーとして読みたい人も満足して、物語として読みたい人も満足して、総合点が高いものが書けたらいいなと、つねづね思っています。
――どんでん返しについてはどう思いますか。
浅倉 どんでん返すのは大変じゃないんですよね。「男だと思っていたでしょ? 女でした!」とかって、いくらでも書きようがあるので。ただ、それによって付随する何かの味が変わらなきゃいけないとは思います。「これ、コンロで温める必要ありましたか?」みたいなどんでん返しはどうなのか、と。
――Aだと思っていた犯人が実はBでした、といわれても「どうでもいいわ」と思うミステリーってありますよね……。
浅倉 サトウでもタナカでもどっちでもいい、というところを、「えっ、タナカだったの!」と言ってもらうために頑張るのが小説なんだろうなって思います。
だからトリックやオチって、テーマから遠ざけちゃいけない気がします。そうでないと、驚かせるだけのパズルドッキリにはなるけれども、小説にはならないんだろうな、って。本作でいうと、正義の心でもって「許せない奴を断罪してやろうとする人たち」と、正義の心があるから「それとは違う行動をとる人たち」がいて、彼らは表裏一体なんですよね。つまり、自分もいつでもそっち側に行ってしまうよね、っていうところまで届いたらいいなと思って、そのために仕掛けを用意したんです。