凪良ゆうインタビュー「愚かに生きる覚悟さえあれば――直球恋愛小説『汝、星のごとく』が生まれた理由」

作家の書き出し

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凪良ゆうインタビュー「愚かに生きる覚悟さえあれば――直球恋愛小説『汝、星のごとく』が生まれた理由」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

17歳のふたりは瀬戸内の島で出会い、恋に落ちた

——新作『なんじ、星のごとく』、ものすごく読み応えがありました。ともに母親に振り回されながら生きている少年少女が恋に落ち、成長していく物語―という説明だけではこぼれ落ちてしまうものがたくさんあるのですが、本作の出発点で、どういう思いがあったのでしょうか。

凪良 私はずっと男性同士の恋愛がメインになるジャンルで書いてきましたが、これまで男女の恋愛は書いたことがなかったんです。2017年に講談社タイガから刊行した『神さまのビオトープ』には夫婦が出てきますが、夫は幽霊という設定でした。今回は、現実社会の中で、男女が一対一でしっかり向き合う話を書いてみたいなと思ったのがはじまりです。

——物語は、主人公の暁海あきみかいが17歳の頃から始まり、そこから実に20年近い歳月が描かれます。事前に構想を組み立てていたのですか。

凪良 プロットは5万字くらいになりました。あらすじだけなぞると、男女が出会って成長して別れて……というオーソドックスな話になってしまうので、担当編集者さんに面白さを伝えるためには、心の動きまである程度丁寧に説明しなくちゃいけないと思ったんです。どこまでも、ふたりの気持ちを描く物語になる予感があったので。

 ただ、担当さんはプロットは要らないともおっしゃっていたので、結局「さあこれで書き出せる」と自分に自信をつけるためのプロセスだった気がします。

——瀬戸内の島を舞台にしたのはどうしてですか。

凪良 最初は島を舞台にするとだけ決めていたのですが、本作の担当さんが愛媛出身だということをうかがって、それなら瀬戸内の美しい島々を描くのも素敵だなと。担当さんにはナビゲーターとして、取材にも付き合っていただきました。

 私は毎回、各社の担当編集さんと話をしていくなかで、作品の構想を練っていくんです。その方の好きな分野だと物語を深く、厳しく読み込んでくれるでしょうし、知恵も貸してもらえる。何より、作品づくりの過程を楽しんでいただける気がするので。最初から人を頼りにしているみたいでちょっと甘いのかもしれませんが、私はいつも、その担当さんとご一緒したからこそ生まれた作品にしたいな、と思っています。

親子の縁を切るのは、とんでもなく難しいことだから

——島で育った暁海と、京都から島の高校に転校してきた櫂。ふたりはどちらも母親との関係に困難を抱えていて、だからこそお互いのことがわかる部分もあるという。

凪良 母親に振り回されているという点は同じでも、ふたりの受け止め方は対照的ですよね。暁海は挫折を味わっても、自分の未熟さを認めて、徐々に強くなっていく。一方、櫂はいちどつまずくとぽきっと折れてしまうような、弱い男の子として描きました。すごく優しいのですが、その優しさがだらしなさに通じるところもある。

——暁海の父親は家を出て恋人と暮らしており、母親は心を病んでいる様子です。櫂の母親は恋多き女性で、この島に越して来たのも恋人を追ってのことですよね。複雑な家庭環境の中で、暁海も櫂も、懸命に母親を支えていますね。

凪良 駄目な親にぶち当たってしまったとき、その子たちが親と縁を切ることなく、どうやって生きていくのかを書きたかったんです。

 実は、櫂の母親は、私の身近な人がモデルなんです。その人の人間味や危うさを目の当たりにすると、子供たちがなぜ親と縁を切らないのかもよくわかる。「そんな親、切っちゃいなよ」って思う方もいるかもしれませんが、子供が親を捨てるにはとてつもなく強い意志の力が要ることだし、繫がりを切ったら切ったで、子供の心には罪悪感が残る。どっちにしたって重荷を背負ってしまうんです。

 近年よく、「毒親」とか「親ガチャ」とかいう言葉を耳にしますが、余計な荷物を背負っている子供が多いということですよね。だからこそ、重い荷物を抱えながら、それでも彼らがたどり着いた場所や境地について丁寧に描かなくてはならないと思いました。そういう子たちのために書いたなんて偉そうなことは絶対に言えませんが、それでもこの本を読んで、彼らの心がちょっとでも軽くなることがあればいいなとは思います。

——櫂は親に対してもいつも優しくて、こういう風に他人を大切にできる子だからこそ、こういう恋愛をするんだなと、すごく納得感がありました。

凪良 親との関係がただ物語のアクセントになってるんじゃなくて、その子たちの生き方に深く影響を与えているんだということを描きたかったんです。ふたりが小さい頃から大人になるまで、ずっと一本の線で繫がっていると感じていただけたら嬉しいです。

善悪で語れないのが恋愛

——本作では小さな島の美しい景色だけでなく、閉ざされた地域社会での生きづらさもたっぷりと描かれますよね。暁海の家の事情がしばしば噂されていたり、櫂の母親が島の女性たちから白い目で見られていたり。さらに、高校卒業後に暁海が働いている今治の職場も、かなり古い男性中心社会を引きずっている印象です。

凪良 私の友人に、こういった小さな島で育った人がいるんです。その方は自分の地元が大好きなのだけれども、島では常に人目を気にしているし、噂話はちょっと他の地域とは比べられないくらいきつい、と言っていました。旅行客にとっては風光明媚な素敵な場所でも、実際そこに住んでらっしゃる人たちにとっては生活しづらいという側面だってきっとあるのだろうなと。たとえば、男性優位の環境とか、現実問題として、女性がひとりで食べていけるような仕事が少ないとか。

 さらに、現代ではインターネットを通して、いま世界で何が起きているのか、何が流行はやっているのか、どこにいてもすぐ知ることができる。自分のリアルと外の世界とのギャップを否が応でも突き付けられる分、若い人のほうがしんどいかもしれないな、とも。

——櫂は投稿サイトで知り合った尚人なおとという青年とリモートで一緒に漫画を作っています。櫂が原作担当、尚人が作画担当ですね。一方、暁海はオートクチュール刺繡の世界に惹かれていきます。

凪良 この子たちに、夢中になれるものを作ってあげたいなと思ったんですよね。逃げ込める場所がないとつらいので。

——暁海が刺繡の世界を知ったのは、父親の恋人の瞳子とうこが刺繡作家だったからですよね。彼女は暁海の将来のことも心配してくれていて、暁海の父を母から奪った人とはいえ、なんとも魅力的でした。

凪良 この物語の中では、いろんな恋愛の形を書きたかったんです。暁海と櫂のふたりについては、真っ直ぐな恋愛を。もちろん、そこにもすれ違いや、恋愛の苦しみは生まれてしまうわけですが。

 一方で、一筋縄ではいかない恋愛のこともしっかり見つめたかった。瞳子さんとお父さん、お母さんとお父さん、尚人と未成年の男の子、編集者の女性……。それぞれが懸命に恋愛をしているなかで、そこに善悪の視点を持ち込むことは避けたかった。暁海と櫂の恋愛だけが美しくて、不倫などの恋愛はすべて悪、みたいな単純な構図にはしたくなかったんです。

 瞳子さんに関しては、もちろん彼女の行動に納得できない読者さんもたくさんいると思うのですが、私にとって彼女はある意味理想の女性でもあるんです。彼女も最初からあんなに達観した大人ではなく、自分の足で立って歩んでいく中で、一つずつ言葉を獲得していった。世間一般の道理からは外れたことをしているのに、人としての「正しさ」も持ち合わせている人なんです。

別冊文藝春秋 電子版45号 (2022年9月号)文藝春秋・編

発売日:2022年08月19日