大前粟生インタビュー「対等を求めてもがき、傷つけないようにと願う――いまの時代の”恋愛のかたち”を見つめたかった」

作家の書き出し

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大前粟生インタビュー「対等を求めてもがき、傷つけないようにと願う――いまの時代の”恋愛のかたち”を見つめたかった」

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

いまの時代に「恋愛」を描く意味

――新作『きみだからさびしい』、非常に興味深く拝読しました。コロナ禍の京都を舞台に、さまざまな恋愛模様と、そこから生まれる葛藤が描かれます。物語の出発点はどこにあったのですか。

大前 コロナが蔓延し始めたころ、2020年の春に長篇で恋愛小説を書いてほしいという依頼をいただいて、編集者さんと二人で話し合いながら作品づくりを進めました。

 恋愛のキラキラした面よりも、そこから派生して生まれるモヤモヤしたものを捉えたかったんです。恋愛関係の中で発生する支配・被支配の問題だったり、もっと強くいうと暴力性だったり。そういうセンシティブなことを踏まえた上で、対等な恋はできるのか、という問いが出発点でした。そのうえで、それでも他人を想う気持ちが生まれる瞬間に辿り着けたら、結果的に普遍的な「愛」の物語になるのではないかな、と。

 一方で、いまの時代に、恋愛小説、特に異性愛を描いた作品をつくることの難しさも感じていました。

――ああ、やはり、いまは恋愛が描きづらいと感じますか。

大前 世の中で受容されている恋愛ものって、まだまだジェンダーの不均衡を内包している作品も多いなと感じていて。たとえば、いわゆる「壁ドン」みたいなもの、オラオラ系の男の子が強引に女の子を引っ張っていく構図だったり、男の子が女の子を守ることで恋が成就する、といった展開だったり。もちろん面白い作品もたくさんあるのですけれど、それって果たして恋愛なのかな、と思ってしまうものもある。場合によっては、「守る」が、限りなく支配することに近づいてしまうこともあるよね……とか。

 いまの時代は、多くの人がそういうことを、漠然と感じている。作り手側も、今までの描き方だと駄目なのだろうとは分かりつつも、じゃあどうしたらよいのかなという葛藤があると思うんです。だからこそ、この時代に恋愛小説を敢えて突きつめてみたら、なにか面白いものが生まれるのではないかとは思っていました。

相手を傷つけるのがこわい、という感覚

――主人公の町枝圭吾は24歳。京都市内の観光ホテルで働いています。彼が片想いしている相手は、二条城で偶然出会ってランニング仲間となったあやめという女性ですね。

大前 二人が出会うところから始めて、関係を築く過程を丁寧に描きたいなと思っていました。二人の行く末は決めずに、彼らと一緒に生活するように、毎日コツコツ書き進めていきました。

――圭吾はあやめに恋するものの、恋愛において自分の男性性が相手を傷つけることもあるのではないかと臆病になっていますね。

大前 友人たちと話していても感じるのですが、「相手を傷つけたくない、傷つけるのがこわい」という感覚は、自然なものになってきている気がします。SNSで様々な立場の方の生の声を聞けるので、「こういうことは相手を傷つけるから言ってはいけない」「こういう行動はハラスメントだ」とわかるようになりましたし、ハラスメントという文脈で言うと、世間一般でいう「男らしさ」が、加害性や暴力性に繫がりかねないということも、知られるようになってきています。

 だから、圭吾が、いざこれから恋愛関係を結ぼうとすると、まず「男性である自分が、あやめを傷つけるのではないか」とこわばってしまうのは、僕自身、とても実感がもてるものでした。

――20年に刊行された中篇『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の主人公・七森君とも通じるものを感じました。七森君は大学生でしたが、今回は社会人ですね。

大前 10代の子を主人公にすると恋愛に没頭し過ぎちゃうのかなと思って、社会人にしてみました。社会人になりたての圭吾は、恋愛だけでなく、自分と社会の距離の取り方にも戸惑っている。そんな、ずっと悩み続ける人を主人公にしたかったんです。

もし恋人がポリアモリーだったら?

――ついに決心した圭吾が告白すると、あやめは「私さ、ポリアモリーなんだけど、それでもいい?」という。ポリアモリーとは双方合意の上で複数のパートナーと関係を持つライフスタイルのことですよね。あやめは圭吾の他にもう一人恋愛相手がいるらしく、それを知って圭吾は動揺します。あやめをこうした人物にしたのはどうしてですか。

大前 相手への感情が強ければ強いほど、その人の前で「こうありたい」自分と、素直な感情に齟齬が生まれて、引き裂かれてしまうことってありますよね。そんな話をしているときに、編集者さんが、「もしあやめがポリアモリーだったら?」と口にしたんです。圭吾は、あやめが大好きだからこそ、彼女を100%受け入れたいし、対等な恋愛をしたい。その一方で、好きだからこそ嫉妬の感情に振り回されてしまう。こういうことって、誰にでも起こりうることだと思うんです。

――ポリアモリーの人を書くのは難しくなかったですか。

大前 悩みましたね。当然ですが、「ポリアモリー」といっても、一人一人考え方が違うわけですし。だから、「ポリアモリーの人を書くぞ」というより、あやめを構成する一つの要素として、ポリアモリーがあるということを意識しました。ポリアモリーであることが彼女のアイデンティティになり過ぎないようにしたいな、と。

 お話を運ぶうえでは、ポリアモリーだと、二人だけのクローズドな世界を描けないという難しさはありました。「一緒にいるから大丈夫」「私たちの世界は最高」という昂揚感で、何かをごまかすことができない。だから、圭吾にどうやって、安心して恋愛に没入してもらうかは慎重に考えました。

――圭吾は観光ホテルで働いていて、同僚たちの年齢もバラバラです。いろんなタイプの人がいる物語の舞台として、ホテルっていいなと感じました。

大前 以前、カプセルホテルでアルバイトをしていたことがあるので、そのときの経験を活かせました。スタッフ同士、お互いに踏み込みすぎない空気感とかは、今回の作品に合っていたなと思います。

――圭吾に片思いをしている金井君という仕事仲間の男の子がいたりと、さまざまな恋愛の形が出てきますよね。

大前 モノアモリーとポリアモリー、異性愛と同性愛。それらは対立するものでも、ぱきっと分けられるものでもなくて、グラデーションのように存在しているものだと思うんです。そして、それぞれ考え方や性的指向が異なっていても、ひとを想う気持ちには、重ね合わせられる部分がきっとあるはず。その重なっているところが、「愛」と呼べるものだったらいいなと考えていました。

――他にも圭吾の同僚としては、彼が「師匠」と呼んでいる年下の女友達、青木さんも登場しますね。彼女も魅力的なキャラクターでした。

大前 青木さんは最初、圭吾を恋愛対象としてみているという設定だったんです。ただ、編集者さんから「恋愛が絡まない形で、圭吾は異性とどんな関係を築ける人なんでしょうか」と訊かれて。そこから発想が膨らみ、圭吾が気軽に仲良くできる女友達として、「師匠」というキャラクターになりました。


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